剣豪・・・実際のところどうだったの?


熊野についてまだ書きたいこともあるけど
この辺りで話題を変えよう。


ちょっと前のことになるが
Gyaoで『魔界転生』を見た。



島原の乱(1621)で敗死したはずだったキリシタンの天草四郎時貞が
悪魔の力を借りて「転生」を遂げ、
憎き江戸幕府に復讐を図るというストーリー。

子供の頃はひたすら恐怖!不気味!といった印象しか持てず、
角川映画の中でもとりわけイロモノ感が強かった。

しかし今見てみるとなかなか面白い。

makai3.jpg

調べてみると千葉真一は柳生十兵衛を幾度も演じていて
これまたなかなか面白い『柳生一族の陰謀』(1978)でも十兵衛だった。
柳生十兵衛を演じるために生まれてきたような人だったと今頃知ったわけだが
殺陣(たて)のキレもさることながら、みなぎる気迫がすごく良い。

映画は映画でいいとして
それでも常々考えてしまうのが(僕だけではないだろうけど)
実際の江戸時代の剣豪の剣技ってどんな感じだったのかな?ということ。

現代でも〇〇流なんて剣術の流派はたくさん存在しているけど
その多くは居合や 据え物切りなど形(かた)を重視するものがほとんど。

現代社会では実戦志向の剣術なんて危険極まりないから期待するわけではないけど
夕飯の鍋を煮ている塚原卜伝に背後から木刀で打ちかかっても本当に鍋蓋で受け止められるのか、
江戸時代の剣豪と呼ばれる人々の実際の剣技が映画やドラマの殺陣に近いものだったのか、
夜も眠れないほどではないが気にはなってしまう。

時代劇の殺陣ほどのものはあり得ないだろうけど
剣術に優れた人が実態としても常人離れした腕前だったと期待させてくれるのが
幕末に活躍した勝海舟の回想録『氷川清話』に残された岡田以蔵のエピソード。

その夜は市中を歩いていたら、ちょうど寺町通りで三人の壮士がいきなりおれの前へ現われて、ものをもいわず切りつけた。驚いておれは後へ避けたところが、おれの側にいた土州の岡田以蔵が忽ち長刀を引き抜いて、一人の壮士をまっ二つに斬った。
「弱虫どもが何をするか」と一喝したので、あとの二人はその勢いに辟易して、どこともなく逃げていった。
おれもやっとのことで虎の口を遁れたが、なにぶん岡田の早業には感心したよ。
後日、おれは岡田に向かって、「君は人を殺すことをたしなんではいけない。先日のような挙動は改めたがよかろう」と忠告したら、「先生。それでもあのとき私がいなかったら、先生の首は既に飛んでしまっていましょう」といったが、これにはおれも一言もなかったよ。


幕末の”人斬り三人衆”の一人として有名な岡田以蔵だが
一時期、勝海舟のボディガードを努めていたことがあって、
その勝海舟が実際に傍で見た”実戦”の記憶だ。
(※勝海舟自身も有名な剣客・男谷精一郎が従兄弟であり、剣の腕前はかなりのもの。
さすがに人を斬ったことはないだろうけど・・・)

もちろん『氷川清話』は海舟晩年の回想であり、
そこには誇張や記憶違いも含まれている可能性もあるだろうけど
罪人として打ち首になった一介の浪人にすぎない岡田以蔵を
海舟がそこまでヨイショする必要もないだろうし、
これはかなり以蔵の剣術の実態に近い証言と考えてよいのではないだろうか?


・・・ところが近年は映画やアニメで人気が出ている岡田以蔵が
残念ながら僕はどうも好きになれない。

何故なら”人斬り以蔵”が最初に実行した暗殺が
仲間4人がかりの絞殺(しかも手ぬぐいで)であり、
それ以外にも以蔵の暗殺ファイルには剣による以外の殺害が散見されるから。

全てが剣による暗殺ならまだ”人斬り”でも少しはリスペクトrespect出来るものを
それではただの殺人趣味じゃないか、そう思えて仕方ない。

歴史上に証拠を残す剣術の手練れだっただけに惜しい奴だ・・・。


すっかり結論を忘れていた。

時代劇ほどではないけど、
真剣を扱うことに慣れた(※躊躇なく人を斬ることも含む)剣豪は
実際もかなりのものだったんじゃない?ということ。


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Author:E
数年勤めた会社を辞めて、某資格受験生活に入るも挫折したまま三十路をいくつか超えた無職。いい加減何とかしたいが、まだ何とかなると余裕があったりで、資格の勉強+ケータイ無しの直感のみでせどりする日々。あくまで、息抜き・趣味・リハビリとしてのセドリなので、売上はショボいです。

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