スペシャルウィークの頃は

スペシャルウィーク死す ダービー初V馬に武豊「一生忘れられない馬」

98年のダービー馬でG1を4勝したスペシャルウィークが27日、けい養先の北海道日高町の日高大洋牧場で死んだ。23歳だった。武豊騎手にダービー初勝利を届けた馬で、種牡馬としてもG1を6勝したブエナビスタ、05年のオークス、アメリカンオークスを制したシーザリオ、14年菊花賞馬トーホウジャッカルなどを輩出した。


当時はすでにサンデーサイレンス産駒の速さは常識化していたけれど
中でもスペシャルウィークの飛びぬけた瞬発力は新馬戦の頃から注目されていて、
武豊に初のダービー制覇をもたらすことはほぼ確実視されていたように覚えている。



母系を辿るとスペシャルウィークはいわゆる”小岩井牝系”から生まれた名馬でもあり、
欧州に比べると短いかもしれないけど、日本のサラブレッドの歴史を背負っていた。

・・・当時はそこまで知らなかったけれど
まだマル外(外国産馬)と国産馬との間に壁(血統的・実力的)があった時代で
スペシャルウィークは”日本馬のエース”的な位置づけで
同期の外国産馬グラスワンダーとの対決は記憶に新しい。



1999年の宝塚記念でグラスワンダーに突き離された時は
信じられないものを目の当たりにした気がした。

当時のグラスワンダーはどうしてもマイル・ホースのイメージがあって
まさかこの距離(2200m)で、と。


レースが終わってみると、
グラスワンダーのいかにもマル外らしい筋骨隆々でゴツい馬体に比べて
スペシャルウィークはいっそう細く、ガレて貧相に見えた。



そして暮れの有馬記念の名勝負。
さすがにこの距離(2500m)ではスペシャルが勝った!

・・・と思ったら、まさかハナ差で一着はグラスワンダー(笑)


さらに同世代にはスペシャルもグラスも寄せ付けなかった、
もう一頭のマル外の怪物・エルコンドルパサーもいるなど
日本の馬場においてもまだガラスの天井というやつがありましたね。


コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

E

Author:E
数年勤めた会社を辞めて、某資格受験生活に入るも挫折したまま三十路をいくつか超えた無職。いい加減何とかしたいが、まだ何とかなると余裕があったりで、資格の勉強+ケータイ無しの直感のみでせどりする日々。あくまで、息抜き・趣味・リハビリとしてのセドリなので、売上はショボいです。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
検索フォーム
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる