部長!


新卒で就職した会社で
配属された部署の部長(当時)はとてつもなく風変りな人だった。

部長の人となりについて幾つかの事柄を思い出したので
その記憶をシェアしたいと思います(笑)

彼について知っておいてほしい、
知っておかなければならないこともない幾つかの事柄について。


1.全共闘マン

全学共闘会議(ぜんがくきょうとうかいぎ)は、1968年から1969年にかけて日本の各大学で学生運動がバリケードストライキを含む実力闘争として行われた際に、ブントや三派全学連などが学部[1]やセクトを超えた運動として組織した大学内の連合体。略して全共闘(ぜんきょうとう)。


彼は〇大の全共闘運動の戦士で
やりすぎて官憲から逮捕状が出されてしまったらしい。

そこで部長は海外逃亡を思いつき、
何年間もオンボロの車で南アメリカ大陸を縦断する旅をしていたという。
(※後で知ったことだがチェ・ゲバラですね)

そのため、帰国して会社に就職した頃にはもう29歳ぐらいになっていた。

就職した際に時効が成立していたのか否かは不明だ。
国外逃亡中は時効の進行は停止しますから。


2.ヒッピースタイル

長年の国外逃亡と時代の風潮もあってか
就職した頃はロン毛にバンダナを巻いて
すっかりヒッピー風の容姿になっていたそうです。

200px-RussianRainbowGathering_4Aug2005.jpg

この恰好で面接試験を受けたのかどうか不明。
とんでもない会社だったから
いくらでも入る方法はあったのかもしれない。


3.異常なまでの反骨精神

全共闘運動に参加した人たち全てに逮捕状が出されたわけでもない。
運動の中で目立っていた一部の人でしかないのだ。

その一人なのだから部長は異常とも言えるほどの反骨精神の持ち主で
新入社員のくせにヒッピー風の容姿で上司に噛みつきまくって
ケチョンケチョンにやり込めていたそうだ。

その異常な反骨精神は部長になっても相変わらずで(47歳ぐらい?)
他の部長どころか社長とも対立していた。

「社長が俺のことだけ”〇〇さん”とさん付けで呼ぶ・・・」
他の役員や部長たちは呼び捨てや愛称なのに自分だけ距離を置かれることが寂しかったらしい。

それが嫌なら社長と対立せずに少しは歩み寄ればいいものを
反骨精神が働いてまた会議の場で社長に食って掛かってしまうのだろう。

その異常性は僕も常々感じられたし、こちらにも食ってかかってくることもあったから
彼には必要以上に近づかないようにした。
部長は本社常駐だったから週一ぐらいしか顔を合わせないで済んだのだ。


4.ファシスト(独裁者)

全共闘世代で反骨精神の固まり・・・と来れば
会社に入っても労組の戦士として倉庫の奥でくすぶったまま終わりそうなものだが
部長は違った。
それだけ激しく反発する一方で
誰も文句言えないほどの営業成績を着実に積み上げて行ったのだ。

入社が28歳か、29歳ぐらいと遅かったのに10年も経たないうちに課長になり、
僕が入社した頃には部長で、4年目で僕が会社を辞める頃には役員になっていた。
経営状態もよくない会社で大したライバルもいなかったとは言え
異例のスピード出世を遂げたことがおわかりいただけるだろう。

このように異常な反骨精神の一方、異常な出世欲の塊でもあり、
仕事の成果を上げるためにこうと決めたら絶対に部下を従わせる人でもあった。
課長時代にやりすぎてパートのおばさん連中の反発を買ってしまい、

「アンタは独裁者や!」

そう言われたのが深く心に残っているらしい。

かつては権力と戦った全共闘戦士が、いつしか権力を振るう独裁者に・・・。

僕はますます彼に近づかないようにした。


5.西部邁事件

ほろ酔い気分で突然、
「西部邁に会わせてあげる!」と言い放っておきながらそれっきりで
一体何だったのかわからないままに終わった件については前回の記事で触れたけど、
部長との飲み会はみんなが避けていた。
その異常な反骨精神と異常な権力志向から社内では上から下まで嫌われていたこともあるが
飲み会では部長の長ったらしい独演会になるからだった。
僕も避けていたのだがそんな数少ない場で起きた事件が西部事件であり、
こうやってつらつらと部長の人となりについて書けるのも
その数少ない場で本人から聞いたおかげだ。



6.向かってくる矛先


僕は入社して間もなくこのような部長に気に入られていると周囲に思われていたようで
すぐに孤立してしまった。
僕は避けていたのによく飲みに行ってるとか、
ちゃんと部長に年賀状出してるとか、勝手にそう思われていたらしい。

僕も先輩や同期とあまり和さないようにしていたから仕方ないんだけど
面倒くさい国ですね、日本は。

実際のところ僕も部長を避けていたし、
彼の矛先は僕にも向かってくることもあった。

新卒配属後の部署のあいさつで
「〇〇大学出身の・・・」と言ったら後で
「うちの会社はね、高卒が多いから大学名なんか出したらダメ!」
と出鼻をくじかれる。
うちは両親高卒でその辺のことはわかってるし、
卒業した大学の名前ぐらい出してもいいだろ、面倒くさいなあと。

先代社員からの引継ぎだから先輩社員に言われて
部長に報告書めいたものをパソコンで作って送ったら飲み会で
「必要なのはこういうのじゃない。こういうのじゃないんだよ!」
ダメ出しされてしまって、アホらしくなってそれ以降、報告書送るのを止めた。

その後間もなく、部長は自分でパソコンで作成した書類を得意気に皆に見せびらかしていた。
何となく「俺はパソコン使えるぜ」的な空気を出したのが気に入らなかったような気がして、
「俺はパソコンもっと使えるぜ」的な空気を出したかったのかも。
(※1998年頃の話で部署内でパソコン使って報告書作る人間がまだいなかった背景事情を察してください)

「うちの会社はそんな裃(かみしも)つけて歩くような会社じゃないよ!」
しまいには歩いてるだけでケチつけてくるから超くそうぜえー!かった。


部長の人となりは以上のようなものだった。
異常性しか感じない人だったけど
次に異動になった先の部長はさらに異常人格の持ち主で
後からすると大学で全共闘運動やったり逃亡でも海外を見てるし
やること自体は理にかなっていたから
同じ異常な性格、同じ出世頭でも前者のほうがまだマシだったかなとも思うのだが。

部長は体つきこそ小さいけど
昔はレスリングをやっていて筋肉質だったらしい。

「体を鍛えてサイボーグ爺ちゃんになってやる!」
まだ生きていたら、さらに輪をかけた面倒くさい爺さんになっていることだろう。

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Author:E
数年勤めた会社を辞めて、某資格受験生活に入るも挫折したまま三十路をいくつか超えた無職。いい加減何とかしたいが、まだ何とかなると余裕があったりで、資格の勉強+ケータイ無しの直感のみでせどりする日々。あくまで、息抜き・趣味・リハビリとしてのセドリなので、売上はショボいです。

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