「信長の野望 武将風雲録」 其之五


能登畠山家はほぼ決着が見えたので
次は畠山氏に並ぶ貧国・飛騨の姉小路家で再プレイ。


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これはまた酷い・・・。
金山収入などのメリットでもあるかと思ったら何にもない。
唯一の救いは息子の姉小路頼綱の能力が高いこと。

一回目のプレイでは北は上杉、南は織田に圧迫され、
最後は共同作戦で両方から攻め込まれて終了(笑)
時間が経てば経つほど戦力の差が開きすぎてダメだった。

最初からやり直すことにして
開始から数か月でより裕福なお隣の越中国を攻め取る作戦に変更するとこれが大成功。


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貧国を捨ててよりリッチな国を乗っ取る・・・汚いと言えば汚い手口だが、
戦国の世ならば致し方ない。

・・・そもそも史実における姉小路氏自体が
そうやって成り上がった、なりすまし上がった戦国大名なのだから。

戦国時代に入って京極氏の支配が緩むと、三木氏は次第に力を付け始めて三木直頼のときに飛騨を支配する戦国大名にまで成長した。
そして直頼の子・三木良頼のときに飛騨国司だった姉小路家の内紛に乗じて姉小路古川家を乗っ取り、その名跡を継承した。朝廷では三木氏の姉小路家継承を認めるか否かで紛糾したが、良頼の政治工作が実を結んで認められることになり、永禄元年(1558年)に飛騨守に叙任している。そして翌永禄2年には姉小路姓を正式に称した。


今でも姉小路なんて姓を聞くとカッコいい印象を受ける人が多いと思うけど
当時はさらにバリバリのお公家の流れを汲む国司の家系とくると権威が断然違った。


(乗っ取り前)
良頼「我こそは飛騨の三木良頼である!」
雑兵「三木?誰だよそれ。知らねーよ田舎モンが」

(乗っ取り後)
良頼「我こそは飛騨の姉小路良頼である!」
雑兵「あ、あ、あの姉小路様でございますか!?ははーつ!」



血縁どころか何ら繋がりもない三木氏が力にまかせて乗っ取り、
戦国大名・姉小路氏が生まれたわけだ。

乗っ取りと言えばお隣、美濃の斎藤道三が有名だが
飛騨の山奥のように目立たないところでどさくさ紛れに乗っ取ってなりすますケースが多々あった。
それが混乱の時代、戦国の実相なのである。

しかしお天道様はよう見てはりますな。
そんな不誠実でズルい輩を許しておくはずがなかった。

同年6月の本能寺の変で織田信長が横死すると、姉小路頼綱は織田家臣・佐々成政に協力して羽柴秀吉と敵対したため、天正13年(1585年)に秀吉の命を受けた金森長近に攻められて降伏、ここに国衆としての姉小路氏は滅亡することになったのである。


なりすまし戦国大名・姉小路が無事滅んでくれてスッとしたけど
武将風雲録をプレイする気も失せてきた。

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Author:E
数年勤めた会社を辞めて、某資格受験生活に入るも挫折したまま三十路をいくつか超えた無職。いい加減何とかしたいが、まだ何とかなると余裕があったりで、資格の勉強+ケータイ無しの直感のみでせどりする日々。あくまで、息抜き・趣味・リハビリとしてのセドリなので、売上はショボいです。

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