スーファミとノーベルの話

昨日は気になるニュースが相次いだ。

まずは・・・

任天堂、復刻版「スーファミ」発売 品薄懸念「来年も生産継続」

任天堂は5日、家庭用ゲーム機「スーパーファミコン」を小型にして復刻させた「ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン」を発売した。全国の家電量販店などで予約が殺到しており、品薄感からインターネットの通販サイトでは希望小売価格の8618円を大きく上回る価格がついているケースもある。



ついに待望のクラシックミニ スーパーファミコンが発売された!

・・・とは知らなかった。

予約開始日も知らなかったし、
発売日も知らなかった。

昨年のミニファミコンの品薄騒動を反省して
今回は実店舗にもかなりの量が搬入されたみたいで
並んだけどあまり人がいなくてあっさりget!
twitter上ではそんな成功例ばかり報告されているみたいだけど
発売されたことをまだ知らない人もやっぱり多いんじゃないだろうか?



早速、収録ソフトの一つ「F-ZERO」のプレイ動画が上がっている。
昨年、クラシックミニファミコンを買う気にさせたあの伝説の男”たぶやん”の実況とは違って
見ていてもちっとも盛り上がらないけどまあ懐かしいなと(笑)

昨年のミニファミコンと今回のミニスーファミを見比べると
当時も感じたかもしれない映像や操作面の進化を思い出したり追体験出来るかも。

・・・僕はお金もないし健康状態もよくないので購入しませんけど。



ノーベル文学賞 カズオ・イシグロさん 長崎出身の日系人

スウェーデン・アカデミーは5日、2017年のノーベル文学賞を長崎県出身の日系英国人で作家のカズオ・イシグロさん(62)に授与すると発表した。授賞理由は「偉大な感情の力をもつ小説で、我々の世界とのつながりの感覚が不確かなものでしかないという、底知れない淵を明らかにした」などとした。イシグロさんはロンドンで会見し「世界が不安定な状況の中で、小さな形でも平和に貢献できればうれしい」と語った。授賞式は12月10日にストックホルムで行われ、賞金900万スウェーデンクローナ(約1億2400万円)が贈られる。




例のノーベルおばさんが読み上げた名は
ハルキ・ムラカーミではなくカズオ・イシグーロだった。

カズオ・イシグロは翻訳もかなり出版されていて
映画やドラマ化されていることもあって
日本でも有名な”海外文学”の作家だ。

僕も何度か読んでみようかと思って手元に何冊かあったけど
その都度、消えてゆくもので結局読んだことはない。

カズオ・イシグロはその名前と外見こそ日本人風だけど
日本語は話さず(話せず)、
イギリス国籍を保有する、れっきとしたイギリス人だ。

5歳まで日本の長崎で暮らしていたけれど(ここまで普通の日本人)
日本人の両親とともに渡英し、ずっとイギリスで育ったため日本語は話せなくなり、
現在のような(おそらく)普通のイギリス人になったという。

・・・これは実に興味深いパターンですね。

カズオ・イシグロが(おそらく)普通のイギリス人となったことに
海洋研究者であった父の強い意思を感じてならない。

俄然、シズオ・イシグロ-石黒鎮雄という人への関心が湧いてくる。
検索すると次のようなサイトを見つけた。

エッセイ2:イギリスに渡った研究者-シズオ・イシグロをさがして

1960年、石黒さんはイギリスに渡り、国立海洋研究所(現在はNational Oceanography Centreの一部門)で主任研究員の職を得ます。当時既に、20代の前途有望な研究者がアメリカなどに留学して才能を開花させることはありましたが、石黒さんは40歳にして、しかも幼い子供達を含む家族を引き連れ、日本人の全くいない世界に飛び込みました。これは、今も一般的に行われているような、若手研究者の海外留学とは全く異なるものでした。石黒さんは1957年にユネスコの奨学金を得て[8]、この研究所に一年間留学されています。そして翌年には「エレクトロニクスによる海の波の記録ならびに解析方法」という博士論文によって、東京大学から学位を授与されました。このように一見順風満帆だった石黒さんが、職を辞めてでも渡英する道を選んだ背景には、石黒さんを取り巻く、当時の日本のアカデミズムの影響があったようです。

私が知る限り、石黒さんが最後に日本を訪れられたのは1983年のことで、それは、イギリスに骨を埋める覚悟を抱いた帰郷だったと聞いています。祖父とは、その時まで手紙のやりとりが続きましたが、それから2年後の1985年に祖父が亡くなり、以降、石黒さんとの音信は途絶えてしまいました。ただ私には、祖父から、いつかイギリスに行くことがあったら、是非石黒さんを訪問したらいい、と言われていたことが記憶の中に残っていました。でもまさか、当時中学生だった私は、将来、今のような仕事に就くことになるとは思ってもおらず、海外に出ることも無いだろうと考えていましたので、そんな話も聞き流していました。


日本に帰るつもりはなかったんでしょうね。
だから息子であるカズオ・イシグロに日本語を教えなかった。
5歳まで普通の日本人の子として生きていたのだから、
カズオ・イシグロのみならず石黒一雄を保ち続けることも十分あり得たように思う。

ひょっとするとシズオ・イシグロには閉鎖的な日本に対して
怒りに近い感情があったのかもしれない。

しかし、ほぼ日本を消失することに成功した息子のカズオ・イシグロの代になると、
どこか遠く薄ぼんやりとした憧憬のような感覚となって多少は和解出来たということかも。


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Author:E
数年勤めた会社を辞めて、某資格受験生活に入るも挫折したまま三十路をいくつか超えた無職。いい加減何とかしたいが、まだ何とかなると余裕があったりで、資格の勉強+ケータイ無しの直感のみでせどりする日々。あくまで、息抜き・趣味・リハビリとしてのセドリなので、売上はショボいです。

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