聖子ちゃん派?明菜ちゃん派?

よくよく思い返してみると、僕は中森明菜派だった。

先に認識したのは松田聖子だけど
やっぱり松田聖子ってアイドルの王道みたいな存在で
ブリブリのフリフリでいかにも女の子って感じだったじゃないですか?
だから男の僕はさすがにマネして歌い難いものがあった。

それにひきかえ中森明菜だとワルっぽく大人びて見せてるし
声も低めだから、マネして歌いやすかったんでしょうね。
あと母方の実家と姓が同じでちょっと親近感があったり。

それで小学校2、3年の頃、中森明菜の曲をマネしてよく歌っていた。
今、YouTube検索して思い出した、そんなことあると思います。


禁区(1983年)


記憶にあるのは「禁区」から。
それ以前の中森明菜は全く覚えてない。

この曲を耳にするのも30年以上ぶりだというのに
歌詞を覚えてる(笑)


戻りたい戻れない気持ち裏腹・・・

それはちょっと出来ない相談ね・・・



小学校2年生のハートにも刺さる歌詞でした。


北ウイング(1984年)


「禁区」の次の「北ウイング」がさらにすごかった。
歌詞もメロディーも、それに乗った声も、小学校3年生の心を鷲掴みにしましたから。

サビもいいけど、すべてを捨ててくairplaneの後の少しためる感じの北ウイングが好きなんだ。

”北ウイング”というものが一体何なのかわかってなかったけど
そんなことはどうでもよかった。



北ウイングの映像です。


サザン・ウインド(1984年)


今、このまま売り出しても通用しそうなルックスに雰囲気、歌唱力ですね。
”北ウイングNorth Wing”からの”サザン・ウインド”・・・ういうことだったのかな?

メランコリック??
そしてパナマ”棒”をくるくる回すと思っている小3の頃の僕がいた。



パナマ帽の映像です。


十戒(1984年)


この曲はタイトルからしてあまりピンとくるものがなかった。
そろそろチェッカーズが出て来た頃で、そちらに移っていったのかも。


ミ・アモーレ(1985年)


この「ミ・アモーレ」というタイトルは語学的に誤りらしい。

それはさておき

自分にとって中森明菜でピンと来るのは
この曲が最後かな。

チェッカーズに続いて、光GENJIなんかも出て来た頃だったし
松田聖子が結婚して初期のアイドル熱もひと段落していたのかもない。

その後も「DESIRE -情熱-」がヒットしたけど・・・。
「難破船」は暗いし重いし
「TATTO」に至っては「何やってんの中森さん・・・」そんな印象で。
いつまでもアイドルやってられないから仕方ないんだろうけど。

僕にとっては「北ウイング」が最高でしたね。
ベストテンで初めて聴いた(初披露された?)時の衝撃は忘れられない。

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Author:E
数年勤めた会社を辞めて、某資格受験生活に入るも挫折したまま三十路をいくつか超えた無職。いい加減何とかしたいが、まだ何とかなると余裕があったりで、資格の勉強+ケータイ無しの直感のみでせどりする日々。あくまで、息抜き・趣味・リハビリとしてのセドリなので、売上はショボいです。

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