田舎では少しばかりの娯楽も奪われてゆく

というわけで
田舎には娯楽というものがなかったのだが
それでも人間というものはちょっとしたことに娯楽を発見する能力を生来的に持っているようで
幼少時の僕も退屈な田舎生活の中で何とかして娯楽を見出すことに努めた。

まずは積み木だった。

田舎の家にいつからあったのかは知らないが
祖父が作ったものらしかった。

幼かった頃の僕はこれに無性にハマった。

この積み木、超おもしれえ!

普段、自宅で遊んでいたものよりも、ただピース数が多いというだけなのに
田舎で遊ぶ積み木は一味違ったようだ。
他にろくな娯楽がなかったせいだろうけど。

翌年の夏も積み木で遊べることを楽しみにして田舎にやって来たのだが
積み木が置いてあった棚に駆け付けたところ、あの積み木が見当たらなかった。

祖父に積み木をどうしたのか訊いてみると
「今年はもう来ないと思ったから囲炉裏で焼いてしまった」と。

僕が積み木遊びに夢中になっていた頃
オカンが祖父と言い争いになって
「来年はもう帰省しない!」と言ってしまったらしい。

囲炉裏の灰に消えた積み木・・・



母の実家は田舎だけどかつてはそれなりに裕福な農家だったようで
それは家の構えを見れば子供心にもわかるものがあった。

まず、タクシーで降り立った時から他の農家と違って
ちょっとした「堀」みたいなものが作ってあった。
農家のくせに。

その堀にはたくさんのが泳いでいた。
他に見るべきものもないから、この鯉の群れを眺めていた。
庭で捕まえたバッタをその群れの中に投じてみたり。

ところが、これまたある年の夏に帰省してみたら
鯉が一匹も見当たらなくなっていた。

どこかに隠れているのかと探してみたが
どこにも見当たらなかった。

祖父が言うには、ある晩、誰かが全ての鯉を盗んでいったんだと。
道端の堀で覆いをしているわけでもないから
その気になれば鯉を盗み去ってしまうのは簡単だ。

コイ泥棒にまた一つの娯楽を奪われてしまったのだ。



積み木も鯉も無くなってしまった。
退屈な田舎生活の中で
最後の頼みの綱が囲炉裏

動物は火を恐れるだけだが
人間は恐れつつもこれを利用することが出来る。
娯楽に用いたくなるのも人間としては自然な反応だろう。

田舎の家には一部屋に一囲炉裏ぐらいの勢いで囲炉裏があった。
今考えるとちょっと不思議にも思えるが、
夏でも囲炉裏で火を起こしていた。

祖父や叔父らが慣れた手つきでもって鉄の火箸で炭やら木々やらをつついて
最後に手前の灰の中に火箸をザクッと突き立てるのが子供心に妙に興奮した。

俺もやってみたい・・・

真似をして火箸を手に取って炭をつついてみる。
祖父はいつもにこやかに容認してくれていたのだが
たまに姿を現す叔父はそうはいかない。

晴れた日の雷のようにどやしつけられた。

囲炉裏と言えども火遊びするには早すぎる年齢だから仕方ないのだが
これで最後の娯楽も奪われてしまった。

折角見出した娯楽も次々に奪われていってもう退屈で退屈で、
滞在期間10日間の半ばを過ぎると
「いつ大阪に帰るのか」「早く大阪に帰りたい」とせっついては
今度はオカンにどやしつけられるのが毎年のパターンだった。


みんなが村を捨てて都会に出たがるのも僕にはよくわかる。


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Author:E
数年勤めた会社を辞めて、某資格受験生活に入るも挫折したまま三十路をいくつか超えた無職。いい加減何とかしたいが、まだ何とかなると余裕があったりで、資格の勉強+ケータイ無しの直感のみでせどりする日々。あくまで、息抜き・趣味・リハビリとしてのセドリなので、売上はショボいです。

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