第3回 論語を読む


子の曰わく、詩三百、一言以てこれを蔽う、曰わく思い邪なし。

孔子の私塾で用いられたテキスト『詩経」300篇を一言であらわすなら、
邪心のない真心から詠まれたものだと。

孔子さん、カッコよすぎ(笑)
「論語」の中にはカッコよすぎる孔子の一言が時々あらわれる。


例えば有名な次のフレーズなんかも。

子の曰わく、其の鬼に非ずしてこれを祭るは、諂い(へつらい)なり。
義を見て為ざるは、勇なきなり。


”義を見て為ざるは勇なきなり”

ネットで検索してもたくさん使われているように、
みんなカッコいい~、シビれる~って強い印象を受ける一言だろう。
出典は「論語」だったんですね。

僕なんかにはちょっと耳が痛くもある、
この随分と勇ましい言葉なんだけど
ここで語れられている「義務」とは
”その鬼”=我が家の精霊 をまつりなさいってこと。
つまり先祖供養の話。

こう聞くと何だかガッカリする方も多いと思うけど、
まあ他に応用して「義を見せせざるは勇なきなり!」ってやっても誰も咎めませんけど。

カッコいいこと言おうとばかりしているなら
孔子は多くの人の心をつかまなかったかもしれない。
ちょっと冗談めかした発言も。

子、子貢に謂いて曰わく、汝(なんじ)と回といずれか勝れる。
答えて曰わく、賜や、何ぞ敢えて回を望まん。
回や一を聞きて以て十を知る。
賜や一を聞きて以て二を知る。
子の曰わく、如かざるなり。吾れと汝と如かざるなり。


孔子が弟子の子貢にきいてみた。
おまえと顔回(がんかい)ではどちらが優れているのか?と。

顔回というのは孔子の弟子の中で最も優れた人で、
「論語」の中でもその秀才っぷりは度々登場する。

顔回は一を聞いて十を知ることができますが、
賜(子貢はあざな)は一を聞いて二しかわからないので
到底、彼には及びませんと答えた。

孔子は私もおまえと同じ程度だから顔回には及ばないね、と。

そしてもうひとつ、孔子と子貢の会話。

子貢曰わく、我れ人のこれを我れに加えんことを欲せざるは、
吾れまたこれを人に加うること無からんと欲す。
子の曰わく、賜や、なんじの及ぶ所に非らざるなり。


子貢「他人が私に対して行ってほしくないことは私も他人に対して行わないようにしたいです」
孔子「おまえには無理」


仲弓という弟子に対して孔子が教え諭した、
あの有名な「己の欲せざるところ・・・」と対比すると
ちょっと面白さが際立ってくるのではないでしょうか。

こんなクスッとくる話も「論語」にはたまにあるんです。


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