第2回 論語を読む

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論語  金谷 治訳注  岩波文庫


「論語」を読むと全てがいいとは思わないけど
なかなか穿ってるなと感心させられることがある。


子の曰わく、学びて時にこれを習う、亦た喜ばしからずや。
朋あり、遠方より来たる、亦た楽しからずや。
人知らずして慍(うら)みず、亦た君子ならずや。


「論語」の冒頭に登場する有名な一節。
国語の教科書にも掲載されていたと思うけど、
注目してしまうのは3つめの「人知らずして・・・」の部分。

他人が自分のことを分かってくれないからといって不満を抱くなと。

基本的にはそうだけど時と場合によっては限度もあって
「いや、孔先生そうは言ってもですね」なんてちょっと噛み付きたくなる気もする。

自分のことを一つを理解しようともせずに一方的に振り回そうだとか
さらには人を操縦しようなんてことされたら、
さすがにイラッとしてしまいますね。

初っ端から孔子様に口答えしてしまったけど、
この点に関して、孔子は次のようにも述べている。

子の曰わく、人の己れを知らざることを患えず、
人を知らざることを患う。


他人が自分を理解しないことを気にするのではなく、
自分が他人を理解していないことを気にしなさい、と。

いやしかしですね、孔先生。
現代社会にはストーカーやらヤバイ奴も多くてですね。

そうそう誰に対しても興味あるような素振り見せていたら、
犯罪に巻き込まれてしまうこともあるんです。

そしてその「知る」ということに関して。

子曰わく、由よ、汝にこれを知ることを教えんか。
これを知るをこれを知ると為し、知らざるを知らずと為せ。 
是れ知るなり。


知っていることを知っているとし、知らないことを知らないとする。
これが知るということ。

偶然にもギリシャのソクラテスと似たようことを言っていますね。

時代はほぼ同時期ながら(孔子のほうが100年早い)、
ギリシャと中国という地理的な隔たりがあるのに。


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