「遠野物語」再読


「遠野物語」を読んだのは
大学生になって吉本隆明の「共同幻想論」を読んだ後のこと。

「共同幻想論」の前半が「遠野物語」の分析になっていて、
吉本隆明の文章も魅力的だったが
柳田国男もそれ以上に惹かれるところがあり、
当時はまさしく現代Jホラーの原点と思われた。

「三陸海岸大津波」を読んでから久々に読んでみた。


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遠野物語  付・遠野物語拾遺   柳田 国男  角川ソフィア文庫


「遠野物語」の出版は1910年だが、
明治三陸津波の幽霊の話に代表されるように、
時間のスパンとしては数十年程度のものが大半で
江戸時代の幕末の頃まで遡るのがせいぜい。

それ以前の時代の話となると
安倍貞任と源義家が戦った”前九年の役”(1056年)まで一気に飛んだり、
当時の遠野の人々の時間感覚が興味深い。

「遠野物語」と言えば
河童と座敷童(ざしきわらし)が有名すぎるけど、
登場するのはもちろんそれだけではない。

例えば二ホンオオカミについても
「遠野物語」では何度も語られている。

猿の経立、御犬の経立は恐ろしきものなり。御犬とは狼のことなり。山口の村に近き二ツ石山は岩山なり。ある雨の日、小学校より帰る子ども此山を見るに、処々の岩の上に御犬うづくまりてあり。やがて首を下より押上ぐるやうにしてかはるがはる吠えたり 。正面より見れば生れ立ての馬の子ほどに見ゆ 。後から見れば存外小さしと云へり。御犬のうなる声ほど物凄く恐ろしきものはなし。 (遠野物語36話)


現在では絶滅したとされるニホンオオカミと思われるが、
ここに語られるサイズ感がとてもリアルですね。

佐々木君幼きころ、祖父と二人にて山より帰りしに、村に近き谷川の岸の上に、大なる鹿の倒れてあるを見たり。横腹は破れ、殺されて間もなきにや、そこよりはまだ湯気立てり。祖父の曰く、これは狼が食いたるなり。この皮ほしけれども御犬は必ずどこかこの近所に隠れて見ておるに相違なければ、取ることができぬといえり。  (遠野物語39話)


佐々木君というのは佐々木喜善のことで遠野の出身。
「遠野物語」の民話を集めて柳田国男に提供した本人だが、
その幼少時だから1890年代の話と思われる。

日本に剥製として残る最後のニホンオオカミが捕獲されたのが1905年。
(1910年にも捕獲された写真があるらしい)

オオカミが絶滅した原因については諸説さまざまだが、
19世紀の終わり頃まではまだポツポツと生存していたことが
「遠野物語」からもうかがえる。

現代の水準からすると「遠野物語」のような民話は
その方法において危ういものだろうけど、
様々な切り口で読み解くことができて
いつになっても興味が尽きませんね。

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