グーグルマップでめぐる映画ロケ地の旅


松竹版「八つ墓村」(1977)を見て
気になっていた多治見家の屋敷。

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今でもあるんですね。
山城のような佇まいは
ちょっとやそっとの農家ではなかったんだろうなと想像がつく。

「八つ墓村」の舞台に相応しい土地を探すのに一年半も要したことが
角川春樹が自主製作を決め、「石坂金田一」が生まれることになったらしい。

広兼邸
江戸時代後期に小泉銅山とローハ(緑礬・硫酸鉄=ベンガラの原料)製造を営み巨大な財を成した大野呂の庄屋広兼家2代目の元治が建てた巨大な邸宅。


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・・・今回はグーグルマップで懐かしの映画ロケ地をめぐる、
年の瀬らしい企画を思いついた。



天河伝説殺人事件(1991) 東映


”平成映画この一本!”(確かそんな名称)・グランプリに輝いた、
『天川伝説殺人事件』の舞台は奈良県吉野郡天川村にある天河神社・・・のはずが、
実際にロケが行わなれたのは別の神社であったという衝撃の事実!

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何故、天河神社ではなく沙沙貴神社でロケが行われたのか?

交通の便なのか、それとも能舞台を含めてイメージと違ったのか、
巨匠・市川崑監督はとっくに亡くなられているので知る由もない・・・。

沙沙貴神社
滋賀県近江八幡市安土町常楽寺にある神社。少彦名命を主祭神として計四座五柱の神々を祀り、「佐佐木大明神」と総称する。佐佐木源氏の氏神であり、佐々木姓発祥地に鎮座する。


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病院坂の首縊りの家(1979)  東映


70年代の”石坂金田一”最後の作品。
それにしてもすごいタイトルですね。

原作自体、横溝正史が1975年に新たに書き始めたもので
他の作品とは作風・趣向が異なる。
個人的にはあまり好きではない部類なんですけど・・・。

その舞台となった”病院坂”の現在の姿がこちら!

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東京・世田谷区内にある某所。

こうやって見ると普通の坂なんだけど、
映す位置によってはもっとすごい坂に見えるようだ。

坂の上から金田一先生がやって来る気がしないか!?

世田谷区(せたがやく)
東京都の特別区の一つで、東京23区の南西部に位置する。東京都内最大の人口を有する特別区。


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メイン・テーマ(1984)  東映


主題歌が個人的にとても好きな「メイン・テーマ」。

肝心な映画のほうは・・・だが、
1980年代前半の沖縄の風景が楽しめる。

そんな『メイン・テーマ』の、
記憶に残るワンシーンから訪れたいロケ地はこちら!

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これでは一体何なのかわかりませんね(笑)
グーグルマップの画像を2014年頃のものに切り替えると・・・。

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沖縄三越だったんですね。
惜しくも2014年に閉店してしまいました。

映画内では三越マーク入りのシャッター前でロケが行われていたはず。
ヒマな方は一度確認してみてください。

HAPINAHA(ハピナハ)
沖縄県那覇市国際通りにあった総合型観光商業施設。57年間営業を続け、2014年9月に閉館した沖縄三越の跡に2015年3月12日に開店した。


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リング(1998)  東宝


ブラム・ストーカーのドラキュラ。
ジョージ・A・ロメロのゾンビ。
『13日の金曜日』のジェイソン。

長年に渡って多くの人々を拘束し続けるホラーの範例が生み出されてきたが、
日本映画では何と言っても”貞子”だろう。

20年経ってもいまだに貞子映画が作られるなんて
当時誰も思ってなかったはず。

そんな貞子が這い上がってくるあの”井戸”のロケ地ではないかとの噂を聞いて、
われわれ取材班は現場に急行した。
(どこかにロケ地があるのは当然なんだが)

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ここが貞子の井戸があると噂の場所。
確かに敷き詰められた落ち葉の様子が映画内のシーンと被りますね。


暗いよ・・・

ああ痛い、痛い・・・

早くここから出して・・・


この一帯には7つの古井戸があって、
全て覗き込むと呪われるという話もあるらしい。
もちろん貞子の呪いとは別腹で(笑)

君も貞子の井戸を探してみないか?

笠間城跡(かさまじょうあと)
茨城県笠間市の佐白山にあった日本の城である。江戸時代には、笠間藩の藩庁が置かれた。


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就職戦線異状なし(1991)  東宝


予告編だけでいいのに(笑)

これも好きな映画でしたね。
バブル期、絶頂期のマスコミ業界を中心とした激しい就活戦争を
余すところなく描いた名作ではないだろうか。

映画の主軸となっている内定を勝ち取りたいFテレビというのが、
もちろんあのフジテレビ・・・。

今でもフジテレビって就活自体は人気らしいけど、
当時は黄金期だからそらもうえげつないですよ。

そんな映画の舞台になったフジテレビの、28年経過した現在の姿がこちら!

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フジテレビは跡形もないですね(笑)


ご安心ください。

この映画が撮影されたフジテレビ本社は
かつて河田町にあった旧本社です。

決してフジテレビが消滅してしまったわけではありません。

河田町ガーデン(かわだちょうガーデン)
東京都新宿区河田町にある都市基盤整備公団(現:UR都市機構)により開発された賃貸住宅である。1997年に住宅・都市整備公団がお台場に移転したフジテレビ本社跡地2.6ヘクタールを約185億円で買収。




グーグルマップでめぐる懐かしの映画ロケ地の旅。
いかがだったでしょうか?

ちょっとレイアウトがマズすぎたな・・・。

『クリスマス・カロル』→『クリスマス・キャロル』


「君の出品物を200点ばかり、ワシに売ってくれんかね?」

今年もそんな剛腹なサンタ・クロースは現れなかった。

サンタ・クロースが最後にやってきたのは小学校4年だったはず。
確か姉の小学校卒業と同時に僕まで打ち切られてしまった。

それにしてもここ数年、クリスマス感ゼロだ。
昨日なんか一応チキンにケーキまで食べたのに・・・。

昔は12月に入ったらクリスマス・ムードみたいなものもあったけど、
年々そういうのも失われつつあるような。

理由は何となくわかるけど、
社会文化評論家でもないからここでは述べない。

クリスマス感がないと思ったら
アレを見てなかった!





映画『Scrooge』、原題は『クリスマス・キャロル』。

無職のオッサンが見て
唯一、クリスマスを感じる名作です。

YouTubeにアップされているのは本来は違法だと思うけど
さすがクリスマス精神の本場とあって、
このような違法配信も寛大な善意により見逃しているのでしょう(笑)

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クリスマス・カロル  ディケンズ  新潮文庫


数日前に原作のほうは読んでいたんだけど。

だれか馬鹿な人間がいて、そんなもの着せたんだよ。だけど私がまたぬがしてしまったのさ。そんな役にはキャラコでたくさん、こんな時にでもつかわなくちゃ、キャラコなんてものの使い途はないよ。死骸に着せるにゃそれだって同じくらい似合うよ。そこにあるのを着たってこの上なしにみっともないんだからね、それ以上みっともなくはなれないよ」


身寄りのないスクルージがその死後、
遺品泥棒たちに身ぐるみ剥がされてゆく描写。
上等なシャツを着せられていたのを安いキャラコに着替えさせられたとあるが、
スクルージはさておき、キャラコも酷い言われようだ。

この”キャラコ”というのはインド製の格安の綿布のことで
17世紀に東インド会社によってイギリス本国に大量に輸入された。

やがてイギリス国内の毛織物工業を圧迫するようになると、
キャラコに対する輸入規制を求める”キャラコ論争”が巻き起こり、
キャラコ輸入禁止法、キャラコ使用禁止法などが成立したという。

東インド会社がイギリス政界に多大な影響力を持っていたことから
法の中身としてはわりと骨抜きだったらしいが。
(『東インド会社』講談社現代新書より)

この小説が書かれたのは19世紀のことだけど、
キャラコというものに対する当時の庶民感覚には
このような歴史が影を落としているに違いない。


ちなみに小説も最近の版は『カロル』ではなく『キャロル』に変更されているようです。

超苦手なものの話


大分市の映画館に「スター・ウォーズ」の仮装キャラ 突如の登場に買い物客ら大喜び

幼い頃から着ぐるみが超がつくほど苦手でね・・・。

遊園地とか行くといるじゃない?
あれがどうも怖くて怖くて、
自分から近づいたことがないし。

中には汗まみれのオッサンが入ってるだとか、
そのような真実を知っていたからではなく、
ただ単に恐怖感を感じるんですね。

4,5歳の頃だったか、
ある大型スーパーマーケットに連れて行ってもらった際に、
突然にヒーロー戦隊モノのイベント告知が始まり、
戦隊メンバーと悪役(ショッカー的な奴ら)がたくさん店内に現れて
そこら辺を側転したりしてうろつき始めた。

ショッカー的な悪役は苦手な子供も多いと思うけど
僕の場合はそいつらだけじゃなくて、
正義の味方・戦隊モノのレッド(RED)、つまりヒーロー中のヒーローもダメで(笑)





レッドの奴らって「俺が近寄ってあげたら子供も喜ぶ」なんて思いこんでるから、
子供を見つけたら舌なめずりして近寄ろうとするじゃない?

だから悪役だけでなく、レッドにも見つからないようにと
必死になって親の陰に隠れてたのを覚えてる。
テレビで見る分には好きだったのに不思議なもので。


ディズニーランドのミッキーマウスとかヤバイよね。
着ぐるみバイトの中ではエリートみたいなやつらだろうから、
並みの着ぐるみと比べて動きも大きくてキレがあるし。

今でもちょっと怖いんじゃないかな。
近寄ってきたら恐怖のあまり、殴る蹴るの暴行に及んじゃうかも。



映画『ブレードランナー』を見る


チャゲアスの「迷宮のReplicant」で気になったため、
確認のため映画「ブレードランナー」を購入した。

マーケットプレイスにてAmazonのギフトで買ったら
398円が0円で買えてしまった。

僕は安いのは歓迎するが
0円とか無料(タダ)というのはあまり好きじゃないんだけど。

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主演ハリソン・フォード。
原作は「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」。

原作では”アンドロイド”と呼ばれいた人造人間が
「ブレードランナー」ではレプリカントと表現するようになったらしい。

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冒頭からいきなり”レプリカント”の文字が(笑)
これにて確認作業終了。

・・・折角だから続きも見てみた。

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作品の舞台は”近未来”の都市だ。
「ブレードランナー」は1982年の公開だから、
これが当時考えられた”近未来”の姿ということになる。

僕らが小さい頃に見ていたアニメ等で馴染みのあった”近未来”像だ。

令和の時代が考える”近未来”はどんなものだろう?
ゴテゴテした装飾はなく、もっと流線型を多くし、
よりシャープでスマートな姿か、
あるいはデストピア(廃墟と化した都市)か。


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近未来都市に何故か「強力わかもと」の文字が躍る。
「ブレードランナー」関係者には日本びいきの方でもいたのか、
度々このような日本語の看板や日本を連想させる何かが登場する。
中国文化と混交したものだけど、日本人は必見ですね(笑)

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日本人ぽい店主にnoodles(ラーメン又はうどん)を注文するハリソン・フォード氏。
海外ではnoodleではなく複数形のnoodlesじゃないとダメらしいですね。
カップヌードルではなく、カップヌードルズだと。

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"近未来”では自動車が空を飛び交っているに違いない!
最初にそう思いついたのは誰だろう?

「バック・トゥ・ザ・フューチャーⅡ」でも似たようなシーンがあったけど、
1982年公開の「ブレードランナー」のほうが先ですね。

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行き交う雑踏の中でもお構いなしに発砲してしまうハリソン・フォード氏。
昔の日本の映画やドラマでも同じような描写はあった気がするけど
現在では描けないシーンだろうな。アメリカではどうか知らないけど。

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そしてまたレプリカントの文字が。

バウンティハンター→ブレードランナー
アンドロイド→レプリカント

そのほか、原作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」の退屈な始まり方を
大幅に改変したのは成功でしょうね。

しかし、このゾーラ・サロメというダンサー設定のレプリカントは
原作ではルーバ・ラフトという名のオペラ歌手という設定だったと思われるが、
これに関してはオペラ歌手設定のほうが良かった。
(原作でもかなり面白いシーンだから)



・・・治りかけていた風邪がまたぶり返した。
今年の風邪はマジでヤバいっす。

チャゲ&飛鳥・名曲選


風邪のせいでネガティブ思考に陥ってしまった。
今年の風邪は喉に始まり、
現在は喉の痛みは緩和されたものの、
高見山(昭和!)のような声しか出ない。

調子を持ち直すために
これまで採り上げてこなかったチャゲ&飛鳥の名曲を紹介する、
題して”チャゲ&飛鳥・名曲選”をお送りいたします。

流恋情歌(1980)

チャゲアスのデビュー曲としては「ひとり咲き」が有名で、
この曲は2枚目に発売されたシングルだけど、
デビューへのきっかけとなった”ポプコン”(ヤマハポピュラーソングコンテスト)で
先に披露されたのは「流恋情歌」のほうだったらしい。

センチ=センチメンタル(感傷的)

これぞフォークソング!といった素朴さに溢れていますね。
「ひとり咲き」より好きな曲だった。


熱い想い(1982)

初期のチャゲ&飛鳥の名曲の中で
タイトルのとおり、最も熱い曲。

この音源自体は2000年以降のものだと思うけど
曲調はフォーク調からは外れてきていますね。

PRIDE(1989)

時代は一気に飛んでしまい、
チャゲ&飛鳥が大ブレークする直前の曲。

あの事件の余波ですっかり影を潜めてしまい、
「PRIDE」といえば今井美樹のほうを思い浮かべる人が多いかもしれないけど、

昔は「PRIDE」と言えばチャゲアス、
チャゲアスと言えば「PRIDE」なぐらい好きな人が多かった曲。

Trip(1988)

曲始めの、あの・・・何て言うんだっけ?こういうの・・・。
何しか飛鳥のヴォーカル性能が如何なく発揮される曲。

曲調もどこかグルーミーで幻想的で飛鳥らしい。
曲そのものは名曲とは言えないけど、
飛鳥のヴォーカル込みで名曲入りです。

迷宮のReplicant(1988)

曲調はすごく好きですね。
しかし歌詞は悪くはないけど、わかりづらい内容でもある。

replicantという語は本来の英語にはなく、
フィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」
を元に作られた映画「ブレードランナー」に登場する造語らしい。

現実と幻想が行き来するASKAの世界観。
少しオカルト的ではあるけれど。

明け方の君(1991)

これは以前に一度採り上げたけど、その記事を消してしまったので。
とても明るい曲調とは裏腹に引っかかりを覚える歌詞がたまりませんね。
好きなチャゲアス曲のベスト10に入ってくるぐらい好きかもしれない。


砂時計のくびれた場所(1989)

これは高校生の頃、す~んごく好きだった曲ですね。
チャゲアス曲で一番かも。

今聴くと心境の変化かそれほどでもないけど、
チャゲアス曲のベスト10に入ることは間違いないでしょう。

この音源自体はSTAMP Versionだと思うけど、
オリジナルはさらに良かった。


野いちごがゆれるように(1992)

JALのCMソングでそれなりに知られてるかも。
シニア世代にも好まれるノスタルジックなバラードではないだろうか。

これをクロージングに持ってくるのもいいと思うが。


世界にMerry X'mas(1992)

時季的にやっぱこれですよね。
僕はここ数年、クリスマス・ムードというものをさっぱり忘れてしまってますが。

季節的にラストに持ってきたかっただけで
僕の中では別に名曲っていうほどでもなかったりする。


これだけ採り上げると
昔のチャゲアスがいかに素晴らしかったかを
少しはわかっていただけたかと思う。

あくまで昔の話です(笑)





そのボケにはキレがある


令和元年ももうすぐ暮れようとしている。

令和元年は(平成の終わりのことだけど)
うちのオカンの大ボケから始まった。

オカンは能登の女にありがちなのか、
友達なんてものがいなくて、
年に一度ぐらいの頻度で行われる、
学校の同窓会だけが唯一の付き合い。

今年も4月30日に石川県の地元で開かれる同窓会への出席を
楽しみにしていた。

そして4月30日つまり平成最後の日に
泊りがけのため、旅行カバンをガラガラと引きずって
朝8過ぎに出て行ったんだけど、
2時間ほど経った午前11時頃に何故か帰って来た。

「どないしたん?」と訊いてみたら、

大阪駅に向かう大阪環状線に乗っていた際に、
何気にふと同窓会の案内状をよく見直してみたところ、
同窓会の開催日が4月30日ではなく、4月20日だったことが判明!

2と3を見前違えていたらしい。

考えてみれば平成から令和に変わる日に
同窓会なんてあまりやらんやろな、と。

折角たのしみにしていたのに(笑)






チャゲ&飛鳥・総力特集


チャゲ&飛鳥大特集では
チャゲアスのデビューからブレーク前の曲から
いくつかピックアップしてお送りしましたが、
今回はチャゲアス全盛期のシングル曲を紹介したいと思います。

太陽と埃の中で(1991) 週間チャート3位  50.3万枚

日清カップヌードルのCMで有名になった曲。
50万枚セールスは『万里の河』以来という。

チャゲアスの大ブレークはここから始まることになるけど
僕はこの頃はまだチャゲアスにハマってませんでしたね。

『夜のヒットスタジオ』は小学生の頃からよく見てたのに、
当時はチャゲアスなんて全く眼中に入らないものなんです。


SAY YES(1991) 週間チャート1位(13週連続) 282.2万枚

ドラマ「101回目のプロポーズ」の主題歌としてミリオン大ヒットを記録。
これで一気にチャゲアスが歌謡界のど真ん中に躍り出ましたね。苦節12年?

しかし、残念ながら僕はこのドラマはほとんど見てなくて(笑)、
この曲もあまり好きじゃなかった。


僕はこの瞳で嘘をつく(1991) 週間チャート1位 81.1万枚

僕がチャゲアスにハマり出したのはこの曲の頃で、
翌92年に発売されたアルバム『SUPER BESTⅡ』を聴いてから。

まだ10代だったからバラードの「SAY YES」よりも、
やや激しめのこの曲のほうが良かったんですね。


LOVE SONG(1992) 週間1位 49.9万枚

この曲と「WALK」という曲は89年にリリースされたものを
チャゲアスのブレーク後に再版売したもの。
ブレーク前の89年版では週間チャートも20位程度だったという(笑)


if (1992)  週間1位  108.3万枚


パナソニックのヘッドホンステレオ「RQ-S40」のCM曲で
高校生時代の僕はこれ買ったんですよね。

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再生時のフタのカタつきを防止するための
”シェルロック”構造がウリだった。

MDぐらいにはなっていた記憶だったけど、
当時まだカセットテープだったんですね。

CMでチャゲアスが「シェルロック!」って言ったから、
これに決めたという、僕には珍しい購買動機だった。


no no darlin'(1992)  週間1位  67.5万枚

富士重工すばる・インプレッサのCMに使われた曲。
チャゲアス全盛期にリリースされた中では最もお洒落なバラードだったが、


当初ASKAは先行シングルにはアルバム表題曲の「GUYS」にしようと思っていたが、
周りのスタッフに推され「no no darlin'」がシングルになった


当時はラジオでヒットチャート形式の歌番組(ぶんぶんリクエスト等)を
よく聴いていて、
「だからバラード出したらアカン言うてるやん!B’z、ドリカムに勝てへんて」
そんな歯がゆい気分でしたね。

チャゲアス全盛時のシングル曲はバラードが多かったのだ。


YAH YAH YAH/夢の番人(1993)  週間1位  241万枚

前者はドラマ「振り返れば奴がいる」の主題歌として有名だが、
僕はあまり好きじゃなくて、カップリングの「夢の番人」のほうを推したい。

イベント大好きフジテレビ、『LIVE UFO '93』のイメージソングだった。
当時はバブル崩壊は始まっていたけど、
まだ寝転んでいてもお金がチャリーン、チャリーンって入ってくる時代で
フジテレビのエラさんや年輩の社員たちは
「あの頃はよかったなあ」って思うんじゃないですかね。

グルーミーで幻想的な曲調はASKAの真骨頂とも言えるだろう。


なぜに君は帰らない(1993)  週間4位  42万枚

富士重工SUBARU・インプレッサのCM曲。
なかなか良い曲だと思ったけどいまいち振るわなかったのは
当時のシングルの主流だった8㎝ではなく、
12㎝CDで発売されたことが原因だろうか?

「なぜに君は帰らない・・・」
タイトルからしていいですよね。

上司から部下に対して。
あるいは部下から上司に対して。
色んなシチュエーションで使えます。

♪傷からつらい夜が来る~(↗)

のところが喉を痛めそうだし、
さすがに家でも歌えないから
好きなのに歌えない、歌う気にならない曲だった。
(みんなどこで練習してるんだ?)

思えば僕の中でそろそろチャゲアスの時代も終わろうとしていて
チャゲアスのCDで買ったのはこれが最後でした。


めぐり逢い(1994)  週間1位  125万枚

チャゲアス最後のミリオンヒットを記録した曲。
ドラマ『妹よ』の主題歌らしいが、このドラマは見たことがない。
この頃には僕もすっかりチャゲアス離れしていた。

この後、シングルを2枚出して
ポニーキャニオンを離れることになり、
チャゲアスの全盛期は幕を閉じることになった。

今回はチャゲアス全盛時のシングル曲を中心に採り上げたけど、
さらに良い曲はシングルカットされていないことが多いんですね。

いずれまたその特集をお送りする日が来るかもしれません・・・。


ASKA・ソロの世界

それはチャゲのいない風景-SCENE。

チャゲ&飛鳥から離れた、
ASKAのより濃密な情感が発揮される。

そんなASKAソロの世界を
20数年ぶりに振り返ってみた。

伝わりますか(1988)

チャゲアスの全盛期である1990年頃だと思うが、
ビジュアル的に随分と垢抜けましたね。

この曲はあの伝説の歌手・ちあきなおみに提供したことで知られる。
昔は興味なかったけど、今だとちあきなおみ版も少し聴いてみたくなる。

そう思ったら簡単に聴けるのがYouTubeのありがたいところ。


これがちあきなおみの歌う「伝わりますか」。

やっぱりASKA版のほうがしっくりくると感じるのは
僕だけだろうか?


MIDNIGHT 2 CALL(1984)

元はあのシブがき隊に提供した曲だとは薄っすら知っていたけど、
1984年に作った曲だとは知らなかった。そんな古かったんだ。

シブがき隊のは聴いてみたいとも思わないけど、
検索しても動画は見つからなかった。


けれど空は青(1991)

最近、一番よく聴いてしまうのがこの曲。

ASKAのソロアルバム「SCENE」が
女性視点のしっとり、湿っぽく重い曲が多いのに対して
「SCENEⅡ」はおそらく男視点のカラッとしたものが多い。

「けれど空は青」も「SCENEⅡ」から。


夢はるか(1988)

ASKAの音源が見当たらなかったので
ソックリさんで代用(笑)

ASKA以上にASKAらしい伸びと粘りが。
実際のASKAが歌ったものも確かにこんな感じです。


止まった時計(1990)

この曲も「SCENEⅡ」から。
本来は1990年に薬師丸ひろ子に提供した曲だというのは初めて知った。


これが薬師丸ひろ子版。
サビの高音はさすがだな~と思うけど
ASKA版を先に聴いてしまっているもので、
全般には少し物足りなく感じてしまいう。

最後の場面(1988)

ラストなのに、またしてもソックリさんになってしまった。

「SCENE」の中で1,2を争うぐらい好きな曲だった。
畳みかけるようなサビの悲痛さがよい。

今回は高校生の頃に聴いていた
「SCENE」「SCENEⅡ」からだけですが、
(その後のASKAソロは知らん 笑)
今聴いてもいい曲だと思いますね。

ASKAソロの世界と、
チャゲはチャゲでまた何かやっていて、
そして帰るべきチャゲアスの世界があって、
当時は音楽的に豊かな日々であった。

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E

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