松本清張『砂の器』を読み返す


開局60周年記念に『砂の器』を放送することは全く知らずに
たまたま『砂の器』を手に取った次第である。

フジテレビが開局60周年を迎えること自体知らなかった元フジッ子だけど
最近ではフジテレビどころかテレビ自体あまり見なくなったものの、
フジテレビから学んだ”アンチ日テレ”の精神だけはいまだに持ってますから。

昔は本当にフジはアンチ日テレに育つよう、そんな電波を出してたんですよね。
今ではフジテレビも視聴率低迷に苦しんでいるところに
ハズキルーペのCM引き上げなんかで追い打ちを受けて
日テレを目の敵にしてる余裕もないだろうけど。

今でも胸には”打倒!日本テレビ!”と刻まれてあるんです。
(※火曜サスペンスは除く)

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ちゃんと『砂の器』の中身を読んでみたんだけど
蒲田駅界隈からの話の始まりはいいとして
”カメダ”から羽後亀田に向かい出したところで


どこ行ってんだよ、このポンコツ刑事。
さっさと能登半島行けよ。


そんなこと思っていたら、
あ、やっちまった!

なんと『砂の器』は能登半島が舞台ではなかった!

能登半島が舞台になるのは『ゼロの焦点』だ。
てっきり『砂の器』がそうだと思ったから買ったんだ。

『点と線』が一番面白くて、『ゼロの焦点』がまあまあで
『砂の器』はそれほどしっかり読んでなかった・・・。

ここで投げ出しそうになったけど
ぐっと堪えて読み進めると、
事件のキーマンが相次いで不審死を遂げだす辺りでようやく面白くなってきた。


そして今日は『ゼロの焦点』を買いに行ったんだけど
やっぱり無かったブックオフ。

その代わりに、宮部みゆき『レベル7』、
太宰治『津軽』なんかを買ってきた。

最近はせどりよりも、自分が読みたい本を探す目線で棚を見てますね。

昭和感満載


わたせせいぞう表紙の夏目漱石『それから』がなかなか見つからない。
代わりにこんなものを買ってきた。

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砂の器 松本清張 /光文社


今ではおそらく絶版となっている新書版は珍しいのでは。

奥付を確認してみると初版は1961年だ。

高度経済成長で戦後日本が最も熱かった、暑苦しかった時代。
昭和も昭和、ど真ん中ですね。

1頁めくっただけで昭和の臭いがプンプン。
読売新聞に連載していたのが1960年だから当然なんだけど。

僕なんかは昭和の末期を生きていたから、
まだ昭和30年代の風景もテレビドラマなんかで見慣れていて
違和感どころか懐かしさまで感じる。

しかし、平成生まれの平成っ子が読むと
今や死語となっている昭和なパワーワード(power word)のオンパレードに
遠い異国の言語や風景に投げ出されたようで当惑するばかりではないだろうか?


トリスバー
国電蒲田駅
スズラン灯
流行歌
部長のお茶坊主
流しのギター弾き
送受器
ライスカレー
ヌーボー・グループ
仙台平の袴
猥談
マダム
アベック
兵児帯
夜店のアセチレンガスの臭い
ズック
チュウインガム
ズーズー弁
高級算盤
フルーツポンチ
古びた竹細工のパイプ
社用族
銀座のバーの女給
テープレコーダー
チンプンカンプン
あんなにご交際をエンジョイしていらっしゃるんですもの
東京租界
オート三輪車
まだ縄の解かれていない行李
ムシロ
興信所から来たものですが
モギリ嬢
火鉢の上にやかん
藁屋根
ジューク・ボックス
押売り
無職(ぶしょく)
おばさん、銚子
タンカを並べて
ゲソロック(靴下)
ガラス戸でしたから、そこんところをローソクで焼き切りました
犯人のアジト
東横ホール
コーヒーと安カステラを注文
エレクトロニクス押売り撃退器
遍路乞食
ポケット瓶のウイスキー
タラップ
スチュワーデス


平成っ子、さらに次代の新元号っ子にも無理なく読めるように
手引きとして”注釈”を付けようと思っていたんだけど
コトバを拾いあげるだけで時間がかかり過ぎたから止めた(笑)

昭和なワードにぶち当たって各自でググるもよし、
何となく受け取ってそのまま読み進めるもよし。

・・・こっちまで昭和臭い表現がうつってきた。


※火サスも「聖母たちのララバイ」も昭和末期と比較的新しいもので、
本来の『砂の器』としては不適切だが個人的な趣味を優先した。

『こころ』を読み返す


夏目漱石を読み返すムーブメントが起こっていて、
『三四郎』に続いて買ってきた。もちろんブックオフで。


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『こころ』  夏目漱石 / 角川文庫


海で「先生」と出会うシーン、
そして「K」の自殺しか記憶になかったけど
そこが高校生の頃の国語の教科書に載ってたかな?
一応、このわたせせいぞう表紙の角川文庫版も持っていたが。

学生時分の”先生”と親友の”K”の
下宿先の”お嬢さん”をめぐる三角関係という設定。

Kに対する無邪気な”お嬢さん”の振る舞いのせいで
”先生”は次第に嫉妬に苦しむようになる。

これを読んだ当時どこまでそれを踏まえていたのかわからないが、
今読み返すと夏目漱石像が全く変わってしまう。

そして何より、バッドエンド(bad ending)であることはわかった上で読むから
昔の読み方とは自ずと違ってくる。


どうすれば”先生”は
この破滅を回避することができただろうか?



・・・そんなことを考えながら読んでしまいます。


①”K”を下宿先に招き入れなければよかった

下宿先の”奥さん”も反対していたのに。
いずれは”先生”と”お嬢さん”を結婚させようと目論んでいたのだから
そこに新たな邪魔者が入って来ることを望んでいなかったのだ。

愚かにも”先生”は自ら破滅への第一歩を踏み出してしまう。


②”K”が告白した際に”先生”も告白して応酬すべきだった

真宗の寺に生まれてひたすら禁欲的で女性には無関心だと油断していた”K”から
”お嬢さん”への恋心を打ち明けられるという不意打ちを食わされた”先生”。

「ワイかておまえが来る前からお嬢さんのこと好きやねん。」

その一言が言えていたら、事態はまた違う方向へ進んでいただろう。
”K”が自殺すること自体がなかった。

それが言えなかった代わりに
かつて”K"が”先生”を批判して言い放った言葉である、

「精神的に向上心のないものはバカだ」

を二度も(!)言い返すことで”K”の出鼻をくじいておいて、
密かに”奥さん”に”お嬢さん”との結婚を申し出る行動に出てしまった”先生”。
最悪ですね・・・。


③”妻”(お嬢さん)に全てを打ち明けてしまえばよかった

一人で抱え込もうとするからますますおかしくなり、
”妻”をも心理的に避けるようになってしまう。
明治人の気骨だから現代人の理解を超えてしまうのかもしれないが。


しかし、少なからずの読者が抱くであろうこれら三つの可能性、
「ああすればよかったのに、こうすればよかったのに」を最初から想定して、
やや強引ながらも全てを打ち消す釈明を”先生”に用意させているところに
夏目漱石の偉大さを、#この漱石がヤバい!を思い知らされる。

冒頭に掲げたわたせせいぞうによるさわやかすぎる表紙絵も、
いずれかの可能性によって最終的な破滅を回避しえた場合の、
かなえられなかったもう一つのエンディングを表しているようでまんざら不適当でもない。




中島みゆき特集


僕らの頃は女性のシンガーソングライターと言えば
ユーミンか中島みゆきかという時代だった。

都会派でシャレてクールさ漂うユーミンに対して
どこかベタで情念(怨念)的な曲を送り出す中島みゆき。

ユーミンが好きか中島みゆき派が好きかで
「おまえちょっとオモテ出ろや!」
殴り合いのケンカにまでは発展しませんでしたけど。

しかし中島さん本人歌唱のものが
YouTubeには上がってないことが多いので非常に困る。


時代(1975年)


中島みゆきの代表曲の一つだけど
僕が初めて聞いたのは薬師丸さんのカバー版だった。
テレビ東京の「テレビあっとランダム」という番組があって
そこで流れていたのを覚えてる。
中島さん本人のものも薬師丸さんカバーもどちらも良さがある。


春なのに(1983年)


石川さゆりが歌うとどことなく「天城越え」入ってるように聞こえますね。

この曲は僕の中では春に欠かせない一曲。
以前にも書いたけど、この曲には人格が宿っているようで、
春という季節ならではのメンタル線が一本通ってる感じが良い。


あした(1989年)


これも凄みのある曲だった。

ナイフならあなたを傷つけながら折れてしまいたい

男性諸氏はみんな震え上がるんじゃないだろうか?
地からえぐり上げてくるような、中島みゆきらしい曲。



こんな怖い曲をCMに使っていたKDDの名前は最近耳にしなくなった。


世情(1978年)


前回のブログにも書いたように
ドラマの金八先生は見たことがなかったものの、
この曲を初めて聞いた時の衝撃は大きかった。
こんなに重く暗く、学生運動の曲が入っているとは予想しなかったので。

原付に乗っていると今でも不意に歌いたくなることがある。
右腕をこう振りながら、シュプレヒコールの波♪ってね。


歌姫(1982年)


本人によるものは8分ぐらいかけてもっとスローに歌うんだけど、
少し早すぎる気もするが悪くないか。
最近、”歌姫ってなんなん?”みたいな話があったみたいだけど
その答えの一つがこの曲にあるのかもしれない。


with(1990年)


これも好きな曲なんですけど
あまり皆に歌われてないようで残念ですね。
古い動画で枯れた感じを出してズルいかも。


誕生(1992年)


外見と裏腹に悪くない(笑)
ここらになってくると歌うのも難しそうなんだけど上手いですね。

この辺りからが若い世代でも知ってる中島曲だろうか。
この曲は僕も好きなようなんだけど、あまり聞き込んでなくて
曲のタイトルすらはっきり覚えてなかった。


駆け足で中島みゆき特集をお送りしましたが
採り上げてない曲がまだまだあるのは自分でもわかっているんですけどね。


ちなみに僕は十代の頃は中島みゆき派で
今はユーミン派だろうか。

空白の世代


『3年A組』最終回の平均視聴率は15.4% 自己最高&同枠最終回最高を記録

テレビはワンセグチューナー使ってパソコンで見てるんだけど
ワンセグチューナーはアンテナの受信調整がすごく難しい。

アンテナをどこに持っていけば最もベスト、
いやベターな映りになるのか実に悩ましい・・・。

イスの背もたれにマグネットでペタンとくっ付いてる状態が
編み出したベストポジションなんだ。

しかし残念なことに10chの日テレが映りません。

10chを映そうとアンテナの場所を変えると
今度は4chとか6chが映らなくなる(笑)

だからフジッ子として育ったがために
自然とアンチ日テレとなった僕は
10chを犠牲にすることにしている。

だから『3年A組』というドラマは知らなかったんだけど、
あることに気づいた。


そういえば、
そもそも『3年B組金八先生』を一度も見たことがなかったなって。


『金八先生』のシリーズ放送期間をwikipediaで調べてみると

・第一シリーズ1979年10月26日 - 1980年3月28日
・第二シリーズ1980年10月3日  - 1981年3月27日
・第三シリーズ1988年10月10日 - 1988年12月26日
・第四シリーズ1995年10月12日 - 1996年3月28日
・第五シリーズ1999年10月14日 - 2000年3月30日
・第六シリーズ2001年10月11日 - 2002年3月28日
・第七シリーズ2004年10月15日 - 2005年3月25日
・第八シリーズ2007年10月11日 - 2008年3月20日

僕が見る可能性があったとしたら1988年の第三シリーズで
中学1年の頃だろうか。

しかし残念ながら見なかった・・・。
1995年の第四シリーズになったらもう大学生になっていて
そろそろテレビ離れの時期だからなおさら見てない。

周りにも見てる子はいなかったんじゃないかって思うんだよね。
10代の頃に学校で金八先生の話なんか出たことがないし(笑)

高校生の頃に中島みゆきのベストアルバムを買って
ライナーノーツを読んでいたから『世情』という曲が
ドラマ金八(呼び捨て)の連行シーンに使われたという話自体は知っていた。

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しかしそのシーンの映像となると長らく見たことがなかったし、
他にも「人と言う字は~」だとか「腐ったミカン」の話だとか、
実は金八ネタにはさほど食いつてないんですね。
だって金八見たことがないんだから(笑)

われわれ世代はガンプラブームのピークこそ知らないけどガンダム第一世代であり、
四角ボタンを知っているファミコン第一世代であり、
社会現象の真っただ中にいたドラクエ第一世代であり、
「ラピュタ」にハマって「トトロ」にズッコケたジブリ第一世代であって
昭和の終わりから平成を織りなす様々な文化を最初に経験した世代であるのに
金八の洗礼だけは受けてない「金八先生」空白世代じゃないだろうか?

・・・とまあそう思うんだけどどうなんだろうね。

「三四郎」を読み直す


最近、昔読んだものを再びブックオフで買い求めることが多い。

夏目漱石の『三四郎』もそんな一冊。

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わざわざ当時の角川文庫版、
わたせせいぞうによる表紙のものを買ってきた。

高校生の頃に読んで(読まされて)、
ひどく感動し、自分の中では青春小説の代表的作品だった。

20年以上経って読み直してみると
当時は読み落としていたものに気づかされることが盛りだくさんで新鮮だ。

例えば、中年になっても独身の”偉大なる暗闇”こと広田先生が語る、
かつて一度だけ見かけたことのある少女が夢の中に現れる話。

当時は僕もまだ高校生で
おそらく中年のオジサンの内面には興味がなかったせいだろうけど
今こうやって自分もオジサンになって読むと実に興味深い。

ロリータ・コンプレックス的ながら幻想的な心象風景に、
さすが漱石先生と思わず膝を打ってしまった(古っ!)。

それにしても今あらためて考えると
このわたせせいぞうの表紙はやはり問題があるなと。

僕の中では「三四郎」と言えばこの表紙だろが!
以前はそう思っていたんだけど、あまりに爽やかすぎて不適切かなと。

”無意識の偽善”

人の気分を害するように(露悪的に)、偽善を行ってしまう美禰子が
当時感じた以上にイヤな女に思えてならないのだ。

わざわざ三四郎にお金を貸し与えるというのは、
本来の美禰子の無意識下には好意があるんだけど、
三四郎を不愉快にする偽善的行為としてしか表出できない面倒な性格の表れだ。

今風に言うと常にそうやってマウントを取り続けることが
三四郎との関係をつなぎ止める手段なのだ。

そんな美禰子の厄介な性格を広田先生や与次郎らは見抜いているが
地方から出てきた純朴な三四郎だけがわからない。
(だからこそターゲットにされたのだろうけど)

そして三四郎にお金を返済されてしまった時、
つまり偽善を跳ね付けられた時、
好きでもない他の男性との結婚をあっさり決めてしまう。

最後になってようやく自分の気持ちと、
三四郎を惑わせていたことに気づいた美禰子は

「われは我が咎(とが)を知る。我が罪は常に我が前にあり」

・・・とつぶやくのだが、
今読み返してみるとどこまでも偽善くさくはある。

いくら漱石先生が優れていても
そこは100年前の小説なので仕方ない。

あらためて夏目漱石の文章の上手さやユーモアに驚く半面、
どこか物足りなく色褪せた印象があるのは
その後、大学生になって村上春樹を読んだせいかもしれない。

それ以降、僕の中で青春小説と言えば
村上春樹の初期の長編小説群になってしまったのだから。

これはなかなかですよ


花粉のせいかPM2.5なのか、
そういうのも手伝ってホント何書けばいいのかわからなくなっちゃったから
薬師丸さんに歌ってもらおうかな。


あなたを・もっと・知りたくて(1985)



作詞:松本隆、作曲:筒美京平の言わずと知れたコンビだったんですね。

この曲がリリースされたのは1985年で
僕はまだ小学生の頃で当時は薬師丸さんにそれほど興味がなくて。

NTTのCMで流れてたり、
歌番組で聴いて知ってはいたんだけど。





乙女ちっくな松本隆ワールド全開で、
曲の途中にセリフがあるところがね・・・。


もしもし、私
誰だかわかる?



子供心に何とも衝撃的で、
聴いてるこっちが気恥ずかしさを覚えるものだった。当時は。

その後も薬師丸さんの曲の中では
それほど好きな曲でもなかったんだけど、
最近すごくいい曲だと感じるようになって、何度もリピートしてしまう。

こういう曲に向き合える年頃になったのかなって。
この35周年記念コンサートのクオリティーが高いというのも大きいんだろうけど。

女の子が歌ってもなかなかこの曲は難しいんじゃないかな。
このセリフ部分でどうしてもフザけずにはいられないのでは?

女優・薬師丸ひろ子にしか歌えない名曲でしょうね。
プロフィール

E

Author:E

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