「百人一首」の謎


この一年も無為に過ぎようとしている。

昔から歳末というものが慌ただしくて嫌いだったけど
最近は無駄に一年が過ぎてしまったことが辛く感じるようになってきた。


年末年始だからと、特に何事もないのだが
ブックオフで季節ものということで手に取った本。

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新版 百人一首  島津忠夫・訳注  角川ソフィア文庫



子供の頃、正月に「百人一首」で遊んだことはなく、
その後もあまり関心を持たないまま、とても縁遠い存在だった。

だから断片的に聞いたことある程度の知識しかなかったのだが
読み始めてみると、なかなか面白い。


「田子の浦に 打ち出でてみれば 白妙(しろたへ)の
富士の高嶺に 雪は降りつつ」



どこかで聞いたことがある。
しかし、自分の記憶にあるのと少し違う・・・。


「田子の浦ゆ 打ち出でてみれば 真白にぞ
富士の高嶺に 雪は降りける」


田子の浦”ゆ”、真白に”ぞ”だ。
自分が知っているのは。

山部赤人の歌とされているが上は「百人一首」、
下が原典である「万葉集」に収録されているものだった。

だから学校の授業で覚えた「万葉集」の”オリジナル”版が記憶にあるわけだ。


そして他にも

「春過ぎて 夏来にけらし 白妙(しろたへ)の
ころもほすてふ 天の香具山」


持統天皇が奈良の大和三山のひとつ、天香久山(あまのかぐやま)を歌ったものだが
オリジナルの万葉集では


「春過ぎて 夏来たるらし 白妙(しろたへ)の 
衣ほしたり 天の香具山」



これはなぜか百人一首版のほうが記憶にあって、
万葉集のオリジナルのほうは覚えてない(笑)

”ほしたり”よりも”ほすてふ(ちょう)”のほうが
確かに語感が柔らかく面白いと思う。

田子の浦に関しては”に”よりも、
”ゆ”のほうがよかったが。
(あくまで音だけの話で意味が全然ちがってくる)


こんな具合に「百人一首」に掲載されている、特に古い歌のいくつかには
オリジナルのものとかなり違っているケースがあったり、
万葉集では”読み人知らず”(作者不詳)とされているものが
「百人一首」では特定の歌人の作とされていたり、
柿本人麻呂や大伴家持とされる歌も本人のものとは違うらしい。

現代の世に出まわっている百人一首は
鎌倉時代に歌詠みの家元であった藤原定家が選集した「百人秀歌」が元になっているけど
オリジナルの歌が作られた奈良時代から数百年が経っており、
その時々の多くの人の手によってか、
あるいは定家本人が自分の意に添うように”改変”した可能性があるという。

当時は”オリジナル”版に拘るという発想が弱かったのかもしれないが、
この辺りの事情は定家本人も心得たうえで選集すると書き留めているらしいので
「定家の勝手な改変だ!著作権侵害だ!」などと軽々に非難するのも愚かなことだし、
「皆さんが楽しんでいる百人一首はオリジナルと違うものですよ」などと指摘して
カルタ遊びに興じている人々の気分を悪くして一人悦に入るような趣味もない。

定家の「百人一首」も国文学的価値を十分持っているから
話はややこしい。



平成の有馬記念史を振り返る PART3


2009(平成21年)  ドリームジャーニー


ようやく2009年、平成21年までやって来た。
それでももう9年も前か。

ポスト・ウォッカ&ダイワスカーレット時代をリードしたのは
またもや牝馬のブエナビスタだった。

キレのある差し脚を武器とするブエナビスタだが
そのブエナビスタを後ろから差し切ったのだからこれは十分に事件だろう。

6番手だからブエナビスタにしては前につけた分、
終いの脚がやや鈍ったところをドリームジャーニーにすくわれた。

ドリームジャーニーが三冠馬オルフェーヴルの兄だと知ると
ブエナビスタを差し切ったのも妙に納得してしまう。


2012(平成24年)  ゴールドシップ


タマモクロス、オグリキャップ、メジロマックイーン、
ビワハヤヒデ、セイウンスカイ、クロフネ・・・
競馬ファンに脈々と語る継がれる”芦毛伝説”。

伝説の継承者として久々に登場したのがゴールドシップだった。

”芦毛伝説”に入れるにはちょっと足りない気もするけど
クロフネだってダートの実績だし
随分久しぶりの強い芦毛馬の登場だったから入れてあげよう。

頭が高いというか顎をあげるように走る姿はあまり格好よくないし、
キレる脚もなくてモサっとした動きに見えるが
豊富なスタミナを利用したロングスパートが武器だった。

三冠馬オルフェーヴルと同じ父ステイゴールド、母父メジロマックイーンの血統が話題になったが
オルフェーヴルと同じく気質的な問題からスタートの出遅れが多く、
前にいったり後ろにつけたり、苦労してる感じは伝わってきた。


2013(平成25年)  オルフェーヴル


三冠馬オルフェーヴルのラストランとなった平成25年の有馬記念。
2度目のフランス凱旋門賞挑戦(2着)から帰国後のレースで
後続に8馬身差をつける圧勝はまだまだ走れそうな気がする。

東日本大震災の年に三冠馬誕生、
レース中・レース後に見せる奇矯な振る舞いに、
日本馬初の凱旋門賞制覇に手が届きかけるなど、
近年この馬ほど多くの話題を提供してくれた馬はいなかった。


2014(平成26年)  ジェンティルドンナ


女傑ジェンティルドンナの引退レース。
ジェンティルドンナの強さは言うまでもないし、
レースのメンツもジャスタウェイやゴールドシップなど揃ってはいるのだが
レースとしてはあまり面白くなく感じない。

激しい闘争心を持ったジェンティルドンナには
ジャパンカップやドバイシーマCなど他に面白いレースがあるせいで。


2017(平成29年)  キタサンブラック


演歌の大御所・北島三郎所有のキタサンブラックが初の有馬記念制覇。
キタサンブラックが3歳で挑戦した2015年の有馬記念の際には
菊花賞馬と言っても母父サクラバクシンオーが血統的に引っかかるけど、
有馬はマイル色の強い馬でも2着3着に入ることはある、程度のイメージだった。

まさかその後、中長距離G1を勝ちまくってエースになるとは・・・。

大逃げを打っているわけでもなく、
ダイワスカーレットのような二の足があるわけでもなく、
馬体重540kgもある大型馬ながら長距離を逃げてバテることもなく、
かと言ってヒシミラクルやサニーブライアンと違って確実に勝っていて、
スタミナ、勝負根性・・・つまり「地力」と言ったものが半端じゃないという、
従来の自分の競馬観では測れない馬だった。


以上、平成の有馬記念史を振り返ってみたけど
有馬記念は本当に名勝負の多いレースだったとあらためて感じる。

かつてのように中央競馬の一年の締めくくりとして
古馬と3歳(旧4歳)の強い馬が一堂に会する場でもなくなりつつあるけど
平成最後の有馬記念には面白いレースを期待したい。


最後に、
昭和最後の有馬記念の動画を参考までに。

オグリキャップvs.タマモクロス

4歳(現・馬齢3歳)のオグリキャップが
タマモクロスに勝った最初で最後のレース。

1988(昭和63年)  オグリキャップ


平成の有馬記念史を振り返る PART2


1999(平成11年) グラスワンダー


”マル外”(外国産馬)グラスワンダーが有馬記念連覇を達成したレース。

同期のライバル、スペシャルウィークとの接戦で写真判定。
こうやって動画で振り返るとグラスワンダーはヨレているしバテてますね。
最後は勝負根性だけでスペシャルウィークを退けている。

3着に飛び込んだのが
明け5歳になるとG1を連勝しまくるテイエムオペラオーだけど
このレースではまだ5番人気なのも面白い。

世代の力差と次世代スターの台頭を感じさせる、
有馬らしく良いレースだったと今あらためて思う。


2000(平成12年) テイエムオペラオー


5歳になってから無敗を誇るテイエムオペラオーが
GⅠ・4連勝でのぞんだ平成12年の有馬記念だった。

古馬になってからは先頭に立つとソラを使う(力を抜く)という、
したたかでズルいオヤジらしさも出てきて
連勝中といってもレースの勝ち方に凄みや爽快感のないせいで
いまいち好きになれない人もいたらしい。
僕なんかは皐月賞のオペラオーを見ていたから
この馬の強さはわかってるから嫌いでもなかったけど。

この有馬記念では何とか馬込みをさばいて、
重賞8連勝、G1・5連勝を達成。

ミレニアムイヤーの平成12年は2000年問題に始まり、
テイエムオペラオーに終わったと言える。


2002(平成14年)  シンボリクリスエス


結果的にはシンボリクリスエスの強さが際立つレースだが
ここで採り上げた理由はシンボリクリスエスにあるのではなく、
1番人気ながら5着に敗れた牝馬ファインモーション。

欧州のG1戦線で活躍し、JCをも制覇したピルサドスキーの妹にあたり、
父は欧州で仔が大活躍していたデインヒルDanehillという良血の外国産馬だった。

新馬戦から無敗のまま秋華賞・エリザベス女王杯の両G1を制覇。
並々ならぬ馬だったことはレースでつけてきた着差からもわかるが、
大柄な馬体とやけに気品を感じさせるところから
エアグルーヴ以来の、牡馬も適わない女傑の登場を予感させたのだが・・・。

この有馬記念の惨敗以後、
古馬になってからも期待したほどの活躍は果たせなかった。

エアグルーヴ以来の女傑を見たいという期待は
もうあと数年、待たなければならなかった。


2005(平成17年)  ハーツクライ


”日本近代競馬の結晶”、無敗の三冠馬ディープインパクト。

この馬については今さら何かを説明するまでもないが、
そのディープインパクトが、4着入線→失格となったフランス・凱旋門賞を除き、
国内でたった一度だけ敗北を喫したのがこの平成17年の有馬記念であり、
国内でたった一頭だけディープに勝った馬として記録に残るのがこのハーツクライである。

無敗の三冠馬がここも余裕で勝ってしまうものと
誰もが思っていただろうに・・・。

2400m以上のレースになるとハーツクライ産駒が勝つイメージが湧くのは
この有馬の記憶ですね。


2008(平成20年)  ダイワスカーレット


牝馬ダイワスカーレットが前年2着の雪辱を果たした平成20年の有馬記念。

あのエアグルーヴでも達成できなかった牝馬による有馬記念を制覇したのは
1971年のトウメイ以来、37年ぶりの快挙だったという。

トウメイなんて名前を聞いたことがあるな程度で
僕もこの時代の競馬となるとさっぱりわからずで、
白黒で出てきそうなイメージ。

そして、マヤノトップガン以来の逃げ切りによる勝利というのも偉業だった。

ここにはウォッカの姿はなかったけど、
牡馬を圧倒するパフォーマンスを見せ続けた同期の牝馬2頭が
中央競馬をリードするという平成の競馬史においても稀有なシーズンだった。

平成の有馬記念史を振り返る PART1


今年の有馬記念は来週12月23日に開催される。

クリスマス・イブイブ(←最近聞かない)の有馬ということで
中央競馬の総決算である有馬感がちょっと欠ける日程だけど
これが”平成最後の”有馬記念になるんですね。

名勝負ばかりが記憶に残る、
平成の有馬記念史をYouTubeで振り返ってみよう。


1989(平成元年) イナリワン


競馬ブームの基礎を作ったオグリキャップ、イナリワン、スーパークリークとともに
平成の有馬記念史の幕が開ける。

”平成の3強”対決を制したのはイナリワン。
オグリキャップは有馬の前に、マイルCS→ジャパンカップ連闘という、
GⅠホースとしては考えられない過酷なローテーションによる疲労が祟ったのか5着に敗れた。


1990(平成2年) オグリキャップ


オグリはもうダメだ
オグリは終わった


6歳・秋になってすっかり勝てなくなったオグリキャップの引退レースが平成2年の有馬記念。
3歳時から激走に激走を重ね、もう燃え尽きたかと思われたオグリが最後の最後で蘇った。

フジの実況アナが”オグリ”を連呼する中、
解説の故・大川慶次郎が”ライアン!”と2度、横やりを入れる名実況が話題に。
(大川慶次郎が正しいのだが)

平成2年目にして、平成の有馬記念史上、最高の名レースが出てしまいましたね。


1993(平成5年) トウカイテイオー


無敗で皐月賞・ダービーを成敗したトウカイテイオーだが
その後は故障に泣かされ、平成5年の有馬記念は一年ぶりの出走となった。

時代は変わって、人気を集めたのは葦毛の菊花賞馬ビワハヤヒデ。

レースでも鞍上・岡部騎手のビワハヤヒデがこのまま突き放して圧勝かと思われたが、
追いすがるトウカイテイオーがぐんぐん伸びて、まさかビワハヤヒデを交わしてゴールイン。

後に残念なことになる田原騎手の名騎乗と、
裏返ってしまうほど信じられない声色の名実況で知られる伝説の復活劇だった。

平成の有馬記念史の1,2を争う名勝負が5年で出尽くしてしまいました。


1994(平成6年) ナリタブライアン


ビワハヤヒデの弟で三冠馬となったナリタブライアンと、
”女傑”ヒシアマゾンの4歳馬によるワンツーフィニッシュとなった有馬記念。

ハヤヒデが健在なら兄弟対決も実現しただろうけどハヤヒデの引退でそれもならず、
ただひたすらブライアン(とヒシアマゾン)が強いというだけで
このレースを平成の有馬記念史として殊更採り上げる必要があるのか疑問もあるけれど
5歳以降は不思議なまでに不振にあえぐことになるシャドーロールの怪物が
全盛時に唯一勝った古馬GⅠがこの有馬記念ということで。


1996(平成8年) サクラローレル


競馬に関心を持ち始めた頃の”3強”と言えば
このサクラローレル、マヤノトップガン、マーベラスサンデーだったけど
力的にサクラローレルが一頭抜けている印象だった。
どうしてもトップガン目線になりがちで、
おまけに不振から立ち直りつつあったナリタブライアンを破ったことから、
強すぎるローレルは当時の僕の目にはヒール(悪役)に映っていた。

父が凱旋門賞馬レインボークエストの持ち込み馬ということもあって
ローレルは欧州で走っていてもかなり強かったと思う。


1997(平成9年) シルクジャスティス


6歳の古豪マーベラスサンデーと
5歳になって古馬王道路線を行く女傑エアグルーヴ。
どちらも武豊のお手馬だが、武騎手はマーベラスサンデーに。

僕としてはどちらも好きな馬だったけど
やっぱりエアグルーヴのほうに期待したいところがあった。

しかし蓋を開けてみれば、勝ったのはなんとシルクジャスティス。
京都4歳特別(GⅢ)で、知る人ぞ知るプレミアムサンダーとの末脚勝負を制して以来、
その強烈な末脚は注目してはいたけれど、ここで一発が出るとは。
出して欲しくなかった。
…今だと客観的に見れるから、ひたすら面白いレースだと思うけど。

まだ平成9年までですが
そろそろブログが重くなってきたので次回に続きます。

この頃は特に競馬に注目していた時期でもあって
どの年も名レースに思われて外せなくて困りますね。

ソニーショック


昨日、ふらっと入った某古本市場でアレを見かけた。

psclassic.png

『PlayStation クラシック』
20タイトルのゲームが遊べる、初代プレステのミニ復刻版。

発売されてたんですね。

中古で9000円以上の価格だったのと
そもそも私はプレステ世代ではありません。

そして何より、
まだ稼働するPS Oneを所有していることが発覚したから
買う気はなかったけど。


プレステ世代は懐かしさのあまり、
感涙(かんるい)にむせび泣く日々を送っていることだろう、
なんて思ってAmazonで検索してみたところ・・・。


ps2.jpg


低評価が多すぎてビックリした。

しかもアメリカのAmazonでも同じく低評価の嵐。


ps.jpg


ここにもM-1の審査員問題が飛び火したかのようだ。
プレステ・ミニに、”技術のソニー”に一体何が起こったのだ?

・ゲームのロード時間が長い
・入力に「遅延」が発生する
・画質が悪い

主にこの3点が致命的なようだ。

今、PS One動かしてもすっごく遅く感じるけど
それよりさらに重いのだろうか?

任天堂の『ファミコン・ミニ』『スーパーファミコン・ミニ』が良すぎただけに
PSミニの微妙さが際だってしまったのかな。


『ファミコン・ミニ』発売の際は
入手したアメリカ人のオッサンが


Thanks...
Thanks,Nintendo...


YouTubeで涙声で言ってましたけど
果たしてこのPSミニの場合は一体どうなんだろうか。

レトロゲーム探訪記・第30回 『マイト&マジック BOOK2』その2


画面を見てるだけで苦い記憶がよみがえる『Might&Magic Book2』だが
ちょっとリベンジしてみようかという気持ちになった。

海外のサイトでは『M&M』シリーズの初期6作品をまとめて
9.99$で販売されている。

これを買おうかとも思ったけど
英語の問題だけではなく、
『M&M2』のグラフィックが日本版と違うのがどうも引っかかる・・・。
それに先般のブラック・フライデーのセールで安売りしてたとしたら損した気にもなる。

ここは海外版ではなく、
日本版をゴニョでやるべきだとの結論に至った。

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Sickle?

中学生だった当時は知らない英単語に翻弄されたものだが
現在ではインターネット検索という武器もある。


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鎌みたいなものか。
(Sickleのイメージは当時もこれに近かった)



Scythe??


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あー、死神が持ってそうな大鎌か。


こんな具合にどんどん検索してゆけばいいのだ。

実に面倒だ・・・。



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『ホビット・上巻 新装版』/原書房

にわかによみがえったRPG熱のおかげで楽しく読めている。

以前は冒頭の子供向けおとぎ話のようなノリにどうもついていけなかったのだが
(トールキンが物語を書いた動機は実際にそうらしいから)
エルフの王にルーン文字が掘られた二振りの剣を解読してもらう辺りから
しっかりRPGしてる感じが色濃くなってきて面白い。

もともとトールキンが言語学者ということもあって
細々とした注釈も非常に興味深い。



レトロゲーム探訪記・第29回 『マイト&マジック BOOK2』


「ドラクエ」に衝撃を受けて以来、
海外のよりコアなRPGで遊んでみたかったけど
当時はパソコンがとても高価なもので
お年玉と小遣いでようやく買えたMSX止まりだった。


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と言っても
MSXはビル・ゲイツとアスキーが提唱した規格で
一応は歴としたパソコンだから
PC-98などのパソコンゲームがわりとそのままの形で移植されていた。

そして『マイト&マジック BOOK2』(1988年)も買ったんですよね・・・。

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このゲームのことは何にも知らなかったんだが
当時中学生だった私はジョーシン電機のパソコンゲーム売り場で
この箱絵を見た瞬間、「これだ!」って思って。
パソコンでやってみたかった舶来モノRPGの香りを漂わせまくっていた。

しかし、『M&M2』を買ったことを忘れがちだったのは
それがとても不幸な出会いだったからだろう。

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ゲームを始めてみたけど、
とにかくようわからん・・・。

不明瞭な翻訳と、翻訳されないままの英語が混在した状態。
中学2年の頃までは英語のテストで97点より下の点数をとったことがなかった僕にも
さっぱりわからない英単語が出てくるし。

シナリオの進行については何の説明も与えられず、
何をすればいいのかさっぱりわからない・・・。

しかもとにかく呆気ないまでに、簡単にパーティーが全滅する。


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おまけに敵モンスターが255匹出てきて、
処理しきれないMSXがフリーズした時点で
ついにこのゲームを投げてしまった。


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これが海外RPGというものか・・・。
無理だ、ついて行けない・・・。


ユーザーフレンドリーな「ドラクエ」よりもコアな海外RPGを。
そんな願いを打ち砕いてくれたのが、この『マイト&マジック BOOK2』なのだ。

『M&M2』日本版を販売したのは
『トンネルズ&トロールズ』と同じスタークラフトだが、
海外オリジナル版とは画面が大いに違うことを今になって知った。
グラフィック等は日本のスタークラフトが作ったものだという。

MSX版もここに掲載したPC-98版とほぼ同じもので
見ているだけで過去のにがい記憶が蘇って
何とも言えない後味の悪さがこみ上げてくるけど
日本版のほうがスタイリッシュで海外版ぽく感じるのは私だけだろうか?


追伸:
『M&M2』にも食料はあります。
おまけに酒場で飲み食いも出来るが、
ゲームの進行にどう関係あるのか覚えていない。
プロフィール

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