熊野古道の記憶に残る人々


前回の記事では牛王宝印1枚しか買えずと書いたけど
すっかり頭のはたらきがどうかしちゃって。

よく探してみたら出て来たんだよね・・・。

ちゃんと3枚

gou.jpg

各大社分、しっかり買えてたんだなって。

16年前の僕はそこまでマヌケでもなく、
それなりにデキるヤツでした。


一か所でしか買った記憶がなくて
久しぶりにネットで検索してみたら
牛王宝印のデザインが各社各様だということもすっかり忘れてしまって
慌てふためいちゃって。

前回の記事は事実と異なるんだけど
牛王宝印についての内容が主だからボツにしなくていいかなと。

というわけで
熊野におけるミッションは無事に達成していたということに。


こんなふうに記憶のねつ造などもちょいちょい織り交ぜながら
性懲りもなく綴る16年前の熊野の旅・・・。

今日は熊野古道で出会った人々について。


①健脚夫婦

本宮大社のある本宮町在住で
毎日古道歩きをしているという50歳代ぐらいの夫婦に出会った。

この夫婦、山道を毎日何十キロも歩いてるだけあって
恐ろしく脚が速いのだ。

スタスタと飛ぶように歩き去って
あっと言う間にこちらが置いていかれてしまうのだが
その都度、次の王子で待ってくれていた(別に頼んではいないのに)。

話してるうちに、今日の宿はどうなっているのか?
うちに泊まったらどうだ?と勧めてくれた。

しかし、どうもこの夫婦は元気すぎるのか
泊まってゆけ泊まってゆけの圧が妙に強いのだ。


目が覚めたら鎖でグルグル巻きにされて
天井から吊り下げられているかも・・・


夫婦そろってやたら健康すぎる様子もこちらの警戒心が働き、
丁重に断っておいた。

あの健脚夫婦、今日も古道を歩き倒しているのだろうか・・・。


②謎の白装束

熊野古道と言うけれど
そもそも熊野詣であり、そこは巡礼の道。

熊野本宮大社は修験道も盛んだったことから
現在でも本宮大社では山伏の格好をした修験者集団を目にすることがあるかもしれないけど
修験の人々が歩くルートは”奥駈道”(おくがけみち)と言って
一般人や観光客が歩くような”中辺路”(なかへち)などの古道で見かけることはない。

しかし、僕が歩いていた時には
修験ではないだろうけど白装束に編み笠被って歩いている子が一人だけいた。
男性なのか女性なのかもよくわからなかったけど
まだ二十歳前後と若く見えた。

古道を歩いてるのは基本的には観光客ばかりで
かなりミステリアスで浮いていた印象なんだけど
本来の巡礼の道としての熊野古道を感じさせられる瞬間だった。

今でもあのような格好で歩いている人はまだいるものなのだろうか?


③恐怖!ナチュラリストおじさん

関東から散策に来たというおじさんと道中で一緒になった。
体格は小柄だがリュックを背負って色んな山を歩き回っているらしい。

僕は山歩きに慣れているわけでもないし、
体力が有り余るほどでもないから話を聞いて相槌を打っているうちに
おじさん調子が上がって来て、盛んに持論の文明批判を展開し始めた。

正直ちょっと辟易しつつも道は一本しかないし
おじさんがとっとと先行ってくれたらいいのに、
こちらからは逃れようがなかった。

本宮大社に着いた僕は湯の峰温泉に宿泊して
さすがにおじさんともこれでお別れかと胸をなでおろしていたら
翌朝早く、新宮行きのバスを待っているところに
どこからともなくあのおじさんが「やあ」と笑顔を浮かべながら現れた。

(ウゲーッ、またあのオッサンかよ・・・)とウンザリしつつ話をすると
シュラフ(簡易寝袋)を持参していて近くの観音堂で野宿したという。

普通の温泉地なんだから
宿ぐらい取れよオッサン・・・


若い女の子ならまだしも
こんなヤバいおじさんにどこまでも付いて来られるのか。

バスに乗っている間も、
熊野速玉大社に向かって歩いている間も
傍にいるこのオッサンを「どこかで撒かないと・・・」頭の中はそればかりだった。

そして速玉大社の社殿をわざとゆっくり歩きながら見物しているうちに
「今がチャンス!」といきなり反転して一人ダッシュで境内を後にした。

さすがのおじさんもこれには付いて来れなかったようだが
おかげで新宮の速玉大社は落ち着いて見物出来なかったのが残念だ。
本当にオッサンを撒くことばかり考えていたもので。

山歩きしている人が全てそうとは言わないけど
変なおじさんもしばしばいるから要注意だ。



熊野でミッション達成?不達成?


前回の記事に記したとおり、
熊野三山散策の旅を思いついたのは短時日のことであり、
また現在のようにインターネット上に情報が充実していない頃とあって
ガイドブック的なものを2、3冊に、別冊太陽「熊野 異界への旅」を読んではいたけど
事前の情報収集に不足しているところも多々あった。

振り返ると何よりマズかったのが
熊野牛王宝印(くまのごおうほういん)のこと。

熊野牛王符(くまのごおうふ、熊野牛玉符)は熊野三山で配布される特殊な神札。「熊野牛王神符」、「烏牛王」、「おからすさん」などと呼ばれる。


ammulet03.png

神の使いとされ、熊野山と縁の深い八咫烏(やたがらす)。
そのカラスを文字化したデザインのアーティスティックさに魅了されるのは現代人だけでなく、
戦国時代には熊野牛王符に書いた起請文は必ず守られなければならないという、
法的拘束力に近いまでの信用があった。


熊野に辿り着いたら
是非その牛王宝印とやらを入手しなければ・・・


そして熊野最後の日に熊野那智大社で無事に牛王宝印を購入し、
旅の最大のミッションを達成した・・・つい最近まで本当にそう思っていた。


ところが!


あの真夏の熊野詣から16年目にして知る衝撃の事実!!


なんと・・・牛王宝印のデザインは熊野三山各社によって違う!!?


ええーっ!(※これは嘘くさいのではなく本気のええーっ)


てっきり熊野で発行する牛王宝印は一つのものでどこで買っても同じだと思っていた。
ガイドブックには一種類の牛王宝印の写真しか掲載されてなかったもので。

私が得意気に持ち帰ったのは熊野那智大社のものだけで、
熊野本宮大社、熊野速玉大社のデザイン違いの牛王符は入手してなかった(今さら・・・)。

KNO7.jpgimg_awarded02.jpg

左が熊野速玉大社、右が熊野那智大社のもので
一番最初に掲載したものが熊野本宮大社の牛王宝印。

本宮と新宮のものは「熊野山宝印」と、
那智のものは「那智瀧宝印」と書いてある(熊野・・・那智・・・しか読めないけど)。

ちなみに「日本第一」とあるのはジャパン・ファースト的な意味ではなく、
日本で一番霊験あらたかな熊野権現様の発行する牛王符であるぞ!といった意味。

近頃流行りの”ケイスケホンダ”に近いかも。
その番組見てないからよくわからないけど。

八咫烏が日本代表のエンブレムに使われていたり、
盛り上がりに欠けると評判のワールドカップも近づいているということで
熊野三山を訪れる人もいるかもしれませんが、
その際は各大社の牛王宝印(一枚500円)を忘れずにgetしてほしい。

三者三様であることに要注意だ。




熊野古道の”死の道”Death Road


熊野三山散策に赴いたのは2002年の真夏のことだった。

その一昨年前に大阪から琵琶湖まで歩く旅をやって
そろそろ次のツアーを行いたいと思っていた頃。

村上春樹の「雨天炎天」を読んで影響を受けたのも大きかった。
さすがにギリシャ正教の聖地・アトス山まで行く勇気も時間もお金もなかったから
近場で少々ハードに歩き回れる聖地的な場所はないか・・・と考えていたところに、
これまた丁度読んでいた「平家物語」にも登場する”熊野詣”を思いついた。


かつて祭政一致にも似た支配が行われた熊野がすぐそこにあるじゃないか


このように歴史的関心とカラダを痛めつけるために熊野古道巡りに向かうことになったわけで
敬神的な動機でもなければ、世界遺産に認定(2004年)される前に駆け込みで・・・、
そんなミーハー(死語)な理由でもなかった。
(※ちなみに、「水曜どうでしょう」の影響でもない。当時はそんな興味なかった)

kumano8.jpg

平安末期に上皇や公家らが行ったことで知られるようになった熊野詣は
九十九王子と呼ばれる小さな社を順に辿って大阪から紀伊半島へと南下し、
紀伊田辺から山間に入って熊野本宮大社を目指したのだが
現在行われるオーソドックスな熊野古道ツアーと言えば
滝尻王子から本宮大社まで約40kmの山道を1泊2日で歩くもの。

ちょっと日数に余裕があったので
「中辺路(なかへち)」と呼ばれる紀伊田辺から熊野本宮大社まで約70kmを
王子を辿りながら2泊3日ぐらいで歩くのをメインとして、
それから新宮、那智へと回る計画を立てた。

そんな熊野古道の中で体力的に辛いのは滝尻王子~本宮大社までの山道で
かなりのアップダウンがある。

しかし、そんなオーソドックスなコースよりも恐ろしかったのが
紀伊田辺市を抜けた後、311号線・岩田川沿いに歩く道。

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ここは”死の道”Death Roadと呼ぶべきだ・・・

紀伊田辺駅から歩き始めた第一日目の終了が
丁度この311号線沿いの鮎川王子付近だった。

時計はもう午後6時を過ぎて辺りは暗くなり始め、
ここらで切り上げようか思案していた頃、
左手の山中の頭上から何かの動物のすごい鳴き声が聞こえてきた。

とっさに野生のサルだと思った。
姿は見えないけどすぐ近くで威嚇するように鳴いている・・・。

ビジネスホテルの予約をとってある紀伊田辺に戻るため
バス停でバスを待っている間ずっとものすごい鳴き声が響き渡っていて、
どこかから襲ってくるのではないかと気が気でならなかった。

これが富田川沿い・311号線を”死の道”と呼びたい理由その一。


そして翌日はバスで同じ停留所まで戻って来て
今度は311号線から離れて富田川沿いの右手の山の縁を歩くことになるのだが
歩いてゆくとどんどん道が細くなって・・・無くなった(笑えない)

ここが熊野古道で間違いないと思うのだが
前は藪で右手は完全に山中で左手はすぐ川で明らかに危険だ。

kumano_20180526223319c7c.jpg

便利なことに現在ではグーグルマップのストリートビューで同じ場所を見られるが
これは2016年に撮影されたもので当時はもっと荒れた道だった。

どう見ても道になっていなかった。
しかも容易に川に滑り落ちそうでもある。

自分の他には誰も歩いている者は見かけないし、
いくら何でもここは21世紀の日本人が歩いてよい場所ではなさそうだ。

そう思って引き返し、橋を渡って311号線を滝尻まで歩くことにした。
だからここから滝尻までの区間は熊野古道を歩けなかった。

熊野古道、全く整備してへんやないか

僕は歩きながら
当時の行政区画であった大塔村に腹を立てていた。

現在は合併によって大塔村は消滅しているけど
この事態は大塔村のせいばかりではなく、
そもそも富田川沿いの熊野古道の実態というものが歴史的に判然としないらしい。

グーグルマップで見るとわかるが
富田川沿いは大雨で増水ししばしば氾濫する地域でもあったことから
富田川を遡上するルートは中世の時代に早くも途絶え、
峠越えして滝尻に向かう、より安全なルートが開かれていたという。

そんな理由もあって熊野古道と言っても
この辺りは世界遺産に認定されなかった。
どおりで大塔村もヤル気がなかったわけだ。

道なき古道、しかも左手すぐ川!

この時の恐怖感が、富田川沿い311号線を
”死の道”Death Roadと呼ばしめるもう一つの理由だ。

「道なきを道を往く」なんて簡単に言うけれど
本当の意味で実際にそういった事態に遭遇したら
そんな生易しいものじゃないんだよ。

読書”前”感想文『1Q84 BOOK3』


ついに買ってきた。
『1Q84』のBOOK3を。

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1Q84 BOOK3  /新潮社

古本市場できれいなのを80円で見つけた。
これからは古本市場の時代かもしれない。

『1Q84』単行本の装丁は右下方が薄っすら色がかっていて
古本だと何かのシミ汚れに見えるのが困り物だ。

ところでこの『1Q84』、BOOK1とBOOK2が発売されたのが2009年5月で
BOOK3が発売されたのはその一年後のこと。

BOOK2を読み終えた時点で
昔の村上春樹に先祖返りしたような、
「えっ、これで終わり??」と思った読者も少なくなかったのではないだろうか?
こういところがニクイですな(笑)

ページを開いて目次を見て驚いたことに
BOOK2までは”天吾”と”青豆”のエピソードが交互に進行する形だったのが
なんと”牛河”が主役級に躍り出て来る異常事態なんですね。これは意外。

怪しい脇役でしかなかった”牛河”がそこまで重要人物だったとは想像しただろうか?

そしてちょこっと検索してしまったのだが
”牛河”という人物は『ねじまき鳥クロニクル』にも登場していたんですね・・・。

「ねじまき鳥クロニクル」という作品は昔読んだ時に
ひたすらとっ散らかった感想しか持てなくて、
”牛河”というキャラは完全に失念していて気づかなかった。

”加納クレタ”なら覚えているんだけど(そしてリアルに叶姉妹と被るという)。
「ねじまき鳥」も読み直さないといけないな。



・・・とまあここまで書いておきながらまだ一行も読んでない。

古本市場でもう一冊、気になっていた本を見つけたからだ。
しかもやっぱり80円で。

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京都不倫旅行殺人事件/ 光文社文庫


山村美紗の推理小説を読み直してみたくなっていたんだけど
状態の良いものとなるとなかなか見つからなくて探していたんだ。

解説にもあるように”不倫のオンパレード”だ。
1985年の作品とあって当時社会問題になった”愛人バンク”もちらっと登場する。

今になって読むとあっさりしすぎていて物足りない記述とも感じなくはないけど
登場人物のことごとくが容疑者に思えてくる展開はなかなか面白い。

世界中で馬が走っています


日本もいよいよダービーが迫ってきたけど
世界的に競馬が盛んな時季を迎えている。

ディープ産駒サクソンウォリアー、無傷で英国1冠制覇

英国ニューマーケット競馬場で5日、「英2000ギニー」(G1、芝1600メートル)が行われ、ディープインパクト産駒の日本産馬サクソンウォリアー(牡、愛・オブライエン厩舎)が抜け出し、無傷の4連勝でクラシック1冠を手にした。騎手はD・オブライエン。同馬はノーザンファーム生まれで母はメイビー(その父ガリレオ)。



日本で生産されたディープインパクト産駒が
初めてイギリス競馬の2000ギニー(GⅠ)に勝利した。



”サクソン族の戦士”という名前も厩舎もイギリス馬であり、
あくまで生産地が日本なだけで日本馬ではない。

母は社台ファームに預託された外国牝馬で、
走るディープインパクトの仔が海外流出したわけでもないので勘違いしないように。

昨年ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロで考えるとわかりやすい。
カズオさんは両親とも日本人だし名前も和風でサクソンウォリアーよりこっちに近いが。


2000ギニーは日本の競馬だと位置づけ的には皐月賞にあたるが、
距離は違ってマイル戦(※レース名は賞金額に由来)。

母・メイビーは(父父)サドラーズウェルズ-(父)ガリレオという血統で
イギリスで石を投げればガリレオの仔に当たると言われるぐらいコテコテのイギリス牝馬であり
ディープインパクトのスピードとサドラーズ・ガリレオ譲りのスタミナが上手く結びついた・・・誰でも言えるか(笑)

母系血統から2400mという距離も問題なさそうだし
このまま英国ダービーも制覇してしまっても不思議でない。

日本でも牡馬で父親並みの大物が出てくると盛り上がるんだろうけど。


ケンタッキー・ダービー、ジャスティファイが優勝

米国競馬のクラシック3冠レース第1戦、ケンタッキー・ダービー(約2000メートルダート、G1)は5日、ケンタッキー州のチャーチルダウンズ競馬場で行われ、ジャスティファイ(スミス騎乗)が優勝した。2着にグッドマジック、3着にはオーディブルが入った。


一方、アメリカでは三冠レースの一冠目にあたるケンタッキー・ダービーが行われ、
ジャスティファイという馬が勝ったんだけど
勝ち馬より注目を集めていたのはサクソンウォリアーと同じオブライエン厩舎が
送り込んだメンデルスゾーンというイギリス馬。



前哨戦となるドバイのUAEダービーを18馬身差で圧勝したことで
イギリス馬によるケンタッキーダービー初制覇なるか?と期待されていたのだが
大差の最下位に終わった。

アメリカダート競馬の壁もいまだに高く、
なかなか破れそうにないですね。


ところで伝統のケンタッキーダービーを英語だとKentucky Derbyと書くのだが
これをKY derbyと略しているのをよく目にする。

こういった略し方は少し前は見かけなかった気がするんだけど
日本人からすると全く違うレースに感じられて一瞬ドキッとしませんかね?


肝心なレース動画が見当たらないので代わりに。




名作ゲーム探訪記 『SDガンダム・ガチャポン戦士2 カプセル戦記』

右手が治りかけたところに左手が腱鞘炎になったのは
実は「ガチャポン戦士2 カプセル戦記」のせいだ。

昔よく遊んでいたのはMSX2版で
ZZ(ダブルゼータ)でビルの陰からハイメガ粒子砲打っとけば楽勝だったんだけど
ファミコン版は操作しづらい・・・。

なぜかハイメガ粒子砲は繰り出せなくてZZ必勝パターンが使えず、
そのくせCOM(コンピュータ)はズルくて
敵MS(モビルスーツ)はこちらのビームをかわしまくる。

白熱という文字を超えて戦闘にやたら困難を強いられ
十字キーを操作する左手が腱鞘炎になったというわけだ。





「補給基地を叩け!」とは言ったけど
開始早々すぐ取りに行けとは言ってない、みたいな。

ハンデをつけすぎて物量差があって難しいだろうけど
補給基地取ってもほとんどお金(CT)にならないから
中央も守備的にプレッシャーをかけつつ
やっぱり2つのコロニー群を抑えに行かないと。
ザクなんか足遅すぎて×(笑)

それとムサイ等の戦艦は見つけ次第、沈めに行くべきですね。
戦艦にはとにかく接近戦でひたすらビームサーベルで斬りまくる。
左手を犠牲にしてまで編み出した対戦艦の必勝法。

宇宙だとMSの性能差が段違いに響いてくるのがガチャポンCOMのズルいところだ。
生産するなら最低でもガンダムレベルのMSが欲しい。
僕が下手すぎてビームサーベル主体の戦闘方法になるせいかもしれないけど。

MSX版だと戦艦とZZばかり作っていたけど
ファミコン版だと陸地ならパラス・アテネ、百式にR-ジャジャ(高性能ながら1ターンで生産可能)、
宇宙はファンネル系のヤクト・ドーガ、ハンマ・ハンマが使いやすいかな。
(∵単発のビームよりファンネル、サイコミュのほうが断然当たる)


デフォルメ化されたMSたちを操作出来る戦闘に面白さがあるのだが
その戦闘がアクション苦手な人にとってネックになるという
「ガチャポン戦士2 カプセル戦記」はなんかとても歯がゆい名作だった。

同シリーズは3作目以降、戦闘シーンのアクションが廃止されてしまい残念に思ったのは
アクション系が苦手な僕には珍しいことである。

スペシャルウィークの夢を見るか?


スペシャルウィークの動画ばかり見ていたから
てっきりスペシャルウィークの夢でも見るのかなと思っていたら
高校・浪人・大学時代がMIXされたようなヘンテコな夢を見た。

かつての母校である高校のような大学のような場所だった。
そこに何故か自習室があって浪人生の僕は勉強していた。

ノートパソコンで学習用のDVDを見ようと再生してみると
女子高生がやけに可愛い声で説明し始めた。

その声があまりにも大きくて教室中に響き渡ったものだから
慌てて音量ボリュームを下げようとしたんだけど
ボリュームのボタンが見当たらない。

これはいかん!と停止ボタンを押そうと思ったんだけど
困ったことにそれもまた見当たらないんだよね・・・。

皆ジロジロ見てくるしオロオロしていたら
隣の席に座っていたある俳優にそっくりの奴が、
というかその俳優そのもの(顔も名前も思い出せないんだけど)が

「うるさいぞ君。早く出て行きたまえ!」

みたいなことを言ってきやがった。


こっちだってやりたくてやってんじゃねーよバカ!
ボタンが見当たらねーんだよ!!


あまりに腹が立ったものだから
オモテへ出やがれといった展開に・・・。

その俳優らしき何者かは
小学生時分の習字の時間に使っていた長い鉄の文鎮を両袖につけ
トンファーのようにして襲い掛かってきた。


723a561a.jpg


こっとは木刀か何かを使えたことでどうも勝ったらしい。

しかし、文鎮と木刀とではこちらの武器のほうが圧倒的に有利で不公平な気がして
文鎮トンファーで一発殴らせてやらないと遺恨を残すだろうなどと考えながら
帰ろうと思って停めてあった原付のところに向かおうとしたら
某局の某男性アナウンサーにソックリなのがやって来て

「どうしてあそこに原付を停めておいたのですか!?あんなところに停めてはダメでしょう。
バイクはすでにスクラップにされましたよ」

みたいなことを一方的にまくしたてられた。

原付はスロープ状に一段低くなった鉄板の上に停めておいたのだが
なんとそこは自動車をスクラップにする破砕機の上だったらしい。

駆け付けてみると僕の原付は跡形もなく破砕された後で
わずかに残った一部の部品とナンバープレートだけを手渡された。


自分の不注意も確かにあるけど、
人の原付を無断でスクラップにすることが許されるほど
学校側の施設管理権は万能なものか?
これ、訴えたら勝てるよな?



僕は誰かわからない人に相談しながら教員室に向かった。


高校時代に顔だけ見たことのある教員にブツブツ言いながら
新一年生のクラスを見に行くことになった。

廊下から、初々しくてひたすら真面目な新一年生たちの様子を眺めつつ
その教師に皮肉めいたことを言ってやった。


初々しいなあ
学校を相手どって訴訟を起こすような子なんていそうにないですね



するとその教師も新入生たちを誇らしげに見ながら溌剌とした様子で

「ええもちろん。そんな子はいませんよ」

だとさ。


目が覚めて
いま原付を失ったら大変だ、夢で本当に助かったと一安心。


満期を迎えた自賠責保険の更新をするために
コンビニへと向かうのでした。
プロフィール

E

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