末は文豪か、それとも・・・

23~30日・・・a1-y2(単行本1、文庫2)


給料週に入っても、相変わらず絶不調のまま。
売るほうも買うほうもさっぱりで。

史上最低の夏もそろそろ終わり。
最近の小中学生は一足先に学校が始まっているらしいけど。

脱ゆとりをスローガンに
学校は色々と忙しくなっているようだが
その半面、夏休みの宿題を親が手伝ったり、
さらには宿題代行業などというものが流行っていたり。

勉強嫌いだったけど、宿題なんかは必ず独力でやっつけていた私には
ちょっと理解し難い現象だ。

7月終わりまではほぼ計画通りに進むが
8月に入ると午前中は夏休みアニメ大会ばかり見て
午後からは遊びに出かけてしまい
進捗状況が遅れがちになり
8月最終週になって、半泣きで何とかギリギリ間に合わせる。
毎年そんな感じやったけど。

絵日記はPL花火のこと、田舎に行ったことを思い出して書き上げた。
工作もそんなに不得手でもないから、それなりにでっちあげ・・・作り上げて。


何より最も困ったのが読書感想文。

家庭環境も地域柄も
読書などというインテレクチュアルな営みとは縁遠く、
読書の習慣が徹底的に養われなかったのでとにかく呪わしい課題だった。

学校の図書の時間、図書室で読むのも
「はだしのゲン」に「まんが日本の歴史」とマンガばかり。

小学校3年時の担任に
「○○君はもっと本を読むと素晴らしくなる」と通知簿に書かれたことから
親が地元の図書館によく連れて行くようにはなったが
何を読めばいいのかピンと来ず、結局熱中して読み通したのは「のらくろ」(※軍国主義の色濃い)と、
やっぱりマンガ。

こんな具合だから読書感想文が超苦手で。

文章書くのも読み込みがあってこそだから
それが無ければ感想と言われても何を書けばいいのかわからない。

本のあとがきを書き写していたというツワモノが結構いるらしいが
私にはそういった発想もなく、シドロモドロで凌いだものです。


そういえば、小学校一年のクラスに倉田君という子がいた。
当時はまだ活発なほうだった私からすると
えらい大人しい子といった印象で、存在感があまり無かった。

ある時、国語の授業で
”風船”というテーマで物語を書くという課題が与えられた。
教科書に掲載されていた風船のはなしの続きを想像させる、そんな話だった気がする。

そして400字詰めの原稿用紙を配られたが
作文が苦手、話を創る能力も乏しい私は非常に困った。
出来の悪い作文を原稿用紙2枚、何とか書き終えて提出。

その次の授業で
先生が提出された作文のうち、出来のいいものをいくつか朗読することになった。

読み上げられるのは、想像性豊かな出来栄えの良い作文ばかり。
当然、私のぎこちなく、ヘタクソな作文なんか読み上げられるわけがない。

そして最後に先生が読み始めたのが
倉田君の作品だった。

風船が色んな国を訪れるという話で
今思うとガリバー旅行記風なんやけど
それはもう素晴らしい想像力と文才で
まるで風船に乗って一緒に空を駆け巡るかのような気分にさせる。

倉田君そんな才能あったんや。

気持ちを込めて、朗々と読み続ける先生。
原稿用紙を次々にめくる。

次第に、用紙をめくる度にクラス中が笑い出した。

まだ続くんや(笑)
話長っ(笑)

原稿用紙10枚目を超えたあたりではまだケラケラ笑っていられたが
20枚目までくると、そこはやはり小学一年生、疲労と飽きと、気味悪さが広がってきた。

この話いつまで続くねん・・・
倉田君、いい加減にせえや・・・

生徒たちがクターッとした様子になり
授業時間も無くなってきたことから
先生は30枚目あたりで読むのを止めた。

この後も話は延々と続き
原稿用紙50枚を超えるものだったという。

他の上手かった子でも、せいぜい原稿用紙10枚程度。

小1にして恐るべき文才を披露した倉田君だが
記憶に薄かったのは一年が終わると同時に転校してしまったからだ。

小1の最後の頃、皆でクラス替えの話だとかでワイワイ盛り上がっていたところで
突然、倉田君が
「僕、みんなと一緒には2年生に上がれないんだ!」と言って机に突っ伏して泣き出した。

こういうキザな物言いと、号泣という感傷的な様子が
他の一年生とはやっぱりどこか違ってた。
若き作家先生だけあって。

そんな風の又三郎的な倉田君は今頃どうなっただろう?
風の又三郎読んだことないねんけど。

”浪花のドストエフスキー”として活躍しているだろうか?
文芸方面に疎いままの私には皆目わからない。

たまたま小1の頃までは早熟の文才でも
そのままスンナリ作家になれるわけでもないから
ひょっとしたら、今はただのしがない中年サラリーマンで
部下の若い女の子に一日何百通ものメールを送りつける、そんなストーカーおじさんになっているかも。



夢のつづき

11日~16日・・・a2-y2(単行本5)


相変わらず、暑さも落札も酷い夏が続く。

羨望と尊崇と、少々ばかり疑惑の念を抱きながらチェックしている
あるヤフオク出品者ですら
この8月上半期はたった1点しか落札されていない模様。

あの凄腕さんのことだから、これから給料日にかけて
万単位の本を鬼神のごとく次々と落札させてゆくのだろうけど。


こんな最低の夏に四十入り。
人生の折り返し。

 四十が人生の折り返しというのは
寿命が80歳ぐらいを想定した話だろう。

ひょっとしたら60歳まで到達できないかもしれない。
60歳だとしたら、実は折り返しは30歳だったということに・・・

そこは素直に世にならって
40歳が折り返しだとして、
先を見るのも後ろを見るのもヤバイけど
色々振り返ってみる。

現状からして、自分は本当は何の仕事に向いていたのか?とふと考えてしまう。
かつて司法試験の勉強をしていた時もほとんど形だけで、
心の底から弁護士になりたいと思ったことは一度も無かったし。

大企業や有名企業に入ってバリバリ働きたいと思ったこともほぼ無いし。
新卒の就職活動の際も、大企業や銀行なんか一社も受けなかった。

振り返ってみると、何かになりたいと思ったことが一つもないのだから
「不惑」のはずが怖さのあまり震えて来る。

ただ一つだけ、なりたいというか
ひょっとしたら自分に向いていたかもしれない職業がある。


それは霊能者、予知能力者だ。


昔から勘がよいのは
何となくではあるが感じて来た。

自分はすごく勉強嫌いだったから
勉強は量より質で、
質というのは勘を最大限に働かすということで乗り切っていた。
(※これはあくまで失敗例であり、他人に決して奨めているわけではありません)

勘といっても純粋な山勘、サイコロ振ってみたいなことではなく、あくまで推論だが
もちろんハズレも多いし、ハズレる時はとことんハズレたこと言ってしまうから
「こいつ何言ってんの?」的なことになりかねない。

そんな胡散臭さもひっくるめて
霊能者だとか予知能力者の適性があったのではと思えてくる。

そんなことをこのブログを書いていても何度か経験した。


つい最近も、7月24日の記事に書いたある夢の話がそうだ。

夢見るおっさんじゃいられない

山の中で車が崖から転落し、救助を求めるために険しい山道を下山してゆくと
ようやく国道に辿り着いたのだが
その時、向こうからアホヅラしたおっさんが自転車に乗ってやってきて
そのおっさんに救急車や消防車を呼んでもらうという夢。

記事では「すごくアホヅラしたおっさん」としか書かなかったのだが、
書いた後にかなり迷っていた。

「アホヅラしたおっさん」というのはぶっきらぼうで説明不足ではないか?
どうアホヅラだったかと言うと
実は水木しげるのマンガに出て来そうな顔をしていたのだから
きっちりと「水木しげるのマンガに出てきそうな」と書き足そうかどうしようか迷ったのだが
普段から誤字ですらそのままで訂正とかしないし
そない必死にならんでもええやんかということで結局修正せずに放っておいた。

するとその2日後、何が起こった?

フジテレビが27時間テレビでバカ騒ぎしているあいだに起きた
調布飛行場の小型飛行機墜落事故だ。

あの事故の件で色々ググっていたら
水木しげるの名前をチラホラ見かけるので何かと思えば
実はあの飛行機墜落現場の近くに、なんと水木しげるの自宅があったのだ。

もちろん水木しげるが調布市に住んでいることも知らなければ
そもそも調布市というものすら(※事故当初は田園調布のことだと思っていた)知らなかった。

これにはさすがに驚いた。
2日前に書いたブログ記事に水木しげるのことを書き足そうか迷っていた矢先に
水木しげると少し関わりがある墜落事故が起こったのだから。

消防車や救急車が行き交う墜落事故現場の様子も
何となく夢の内容と関わりがなくもない。

ひょっとして、あれは予知夢ではなかったか?と。
事故の2日前に予知夢を見ていたのではないか?と。

水木しげるの名前を出しておけば、信じてもらえたかもしれない。

より明晰に夢を見ることと、意味ある重要な要素を取り出し
都合よくつなぎ合わせ、適度にぼかしつつ解釈するスキルを磨いていれば、そっち方面で活躍できたかも・・・


そんな白昼夢を見る40歳無職。



不夜城

28~1日・・・a2-y0(DVD1、単行本1)


昨日ちょうどブラタモリを見ていたら

ドン、ドン、ドド~ン

轟音が鳴り響いた。


あ~そういやPL花火始まったか。
ここ数年すっかり忘れがち。

音で聴いただけなんだけど
今年のPL花火は

「もう終わり?ショボっ!」

十分に間を置いてからのフィナーレ、スターマイン炸裂が
結構見応えあったのではないだろうか。




昔は家の前からも花火の上部だけなら辛うじて見えていたのだが
南側の道路を10mほど行った対面にあたる家が建て替えてから見えなくなった。
ちょっと立派な家になってしまったのだ。

その家には足の不自由なお年寄りが住んでいたのだけど
2年ほど前に神戸に引っ越してしまい、新たにあの”ファミリー”が移り住んできたのだ。

それ以来、その屋敷は不夜城(ふやじょう)と呼ばれるようになった。
私一人が勝手にそう呼んでいるだけなのだが・・・

なぜ不夜城なのか?

夜も灯火が絶えることのない繁華街、徹夜が恒常的であり夜も灯火が絶えることのない(企業・官公庁などの)建物の比喩



このファミリーが引っ越してきてからというもの
夜通し家中の明かりを煌々と灯し続けているからだ。
光害というレベル。

このファミリーの主は、不夜城すぐ傍の駐車場を借りているのだが
一台分のスペースに軽自動車を2台止めやがる。
当然ながら駐車スペースに収まりきらず、
後部が路上に思いっきりはみ出したまま。

この主が午前5時半頃に出勤のために
2台の車を出し入れするエンジンやドアの開閉音に、テールランプの光が織りなすページェントと来たら
眠らない、眠らせない、まさしく不夜城たる所以。

やりたい放題の不夜城ファミリーに
新展開が起こったのは昨年いつ頃からだったろうか。

不夜城すぐ傍に
いかにもシャコタン風の不審な黒の乗用車が停まるようになった。
毎日明け方まで人が乗ったまま停車していた。

オカンが近隣住民から仕入れて来た話によると
不夜城の娘の彼氏ということだったが
どうも不夜城の主との折り合いが悪いらしく
彼氏は不夜城には立ち入れないどころか
娘以外に不夜城夫婦が出てきて対応する気配すらないという。

しかしこの夫婦にしてこの娘あり
この娘にしてこの男ありというか
この彼氏がまた相当図太いイカれ具合で
夜中でも騒音マフラーに音楽鳴らして毎晩娘を迎えにやって来る。

そして娘を乗せて走り去ったかと思うと
2時間ほどして戻ってきて
朝まで不夜城傍の他人の家の前で停車し続ける。
当然エンジンはかけたままで。

途中で金回りが悪くなったのか、黒の軽自動車に変わったものの
これが毎日のように続いた。

やがて男の執拗さに近隣住民の警戒心が強まって来た。
車内で娘が殴られていたとの目撃談や、私自身も怒鳴り合う声を耳にしたり。

誰かが警察に通報するのか、月に何度も深夜パトロールした旨の通知がポストに入るようになった。
現段階では民事不介入だから仕方ないんだけど、そういうことじゃないんだよね~と。

今年に入ると彼氏が昼間にやって来るようになり
しかも不夜城の扉の前で
「はよ開けろや!ガラス叩き割って入るぞ!」
と叫ぶなど一段と露骨な行動に出るようになった。

勇敢なとういか無謀な婆さんが車の排気音が五月蠅いと文句言いに行ったり。
この頃から最終的に放火や殺人といった最悪の事態が実感されるようになってきた。


しかしその後見かけなくなり忘れかけていたのだが
つい先日、午前4時頃、近所の溝の鉄板に何かが落ちるような大きな音が響き渡った。

最初は猫が屋根から落ちたのかと思ったが
音の原因はその彼氏だった。

わけわからない話だが
その彼氏が鉄柵を越えて鉄板に跳び下り、池の傍の溝でゲロを吐いていたらしい。
傍らには不夜城の娘もいたという。

わけわからん。
不夜城の中で吐けよと。

さらにわけわからないことに
男はパン一(注:パンツ一丁の姿)だったという。
絶対狂ってます。
クスリとかやってそうです。

不夜城の人々こそ飛び抜けた横綱級だけど
年々、近隣住民の民度は低下する一方だ。
かく言う無職のおっさんもかなり寄与してますけどね。

幼い頃、PL花火見てた頃はこんなんちゃうかったのに。


不夜城は今夜も眠らない。



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