2015 FNS27時間テレビも終わって

25~27日・・・a2-y2(単行本4)

「FNS27時間テレビ2015」瞬間最高視聴率が19・1%
フジ「27時間テレビ」平均視聴率10・4%とふるわず


真夏の祭典、FNS27時間テレビが終わった。

今年はダンス企画がメインということで、好き嫌い分かれやすいから
苦戦するのではないかと少し思っていた。

とは言いつつ、今年は全編ではないけど結構見たので
見た限りでの感想を。


ドキッ! めちゃイケvsSMAP 本気だらけの水泳大会
瞬間最高視聴率を記録したらしいが
数ある企画の中でタイトルも一番ふるっていたように思う。
昭和だからか?


ダイヤモンドエイジ本気の体力測定
久しぶりに怖い明石家さんまが出てしまった感が否めない。
舞台の昂揚感も作用したか。

さんま・中居の今夜も眠れない
ここはやっぱ安定してる。

お台場のカイダン 本当にあったフジ縛霊の怖い話
最初のほうは面白かったが。
実は本気の本当の怪談話を期待していたり。

とんねるずの女気じゃんけん
清原登場するも終始、微妙すぎる空気・・・

中居&矢部 本気のスポーツチャレンジ
録画したけどまだ見てない。

FNS「ドリームカバー」歌謡祭
やはり秋川雅史がすごかった。
「千の風」が聞き飽きた感があったところに。
人間てこんなに声出るもんなんやね。
コーラスも音響も良かった。



笑福亭鶴瓶の長すぎる話
最後は予想通りの流れ。やっぱそうなるやろな、と。

テレビのピンチをチャンスに変えるライブ
ここは岡村 隆史のみならず、総力挙げてる感じは伝わった。

今まであまり意識したことなかったが
あれが湾岸スタジオなのか。
スタジオの数もさることながら、搬入用エレベーターがデカい。
昔勤めていた会社の倉庫のエレベーターの数倍あるね。


ところが
ここから、グランドフィナーレが微妙やった。

ANNでも今年は28時間と話していたけど
例年に比べて終了が午後10時と一時間長く、
変にだらっと間延びして手薄な印象を受けた。

あそこに極楽・山本復帰イベントがあれば
また違った印象だったかもしれない。

今回の27時間テレビで復帰すると予想していただけに意外だった。

復帰を切に願っているというわけでもないけど
何故ここまで復帰が難しいのかもわかるようなわからないような所ではある。


最後に、新人アナを4人も採用しているフジは
全くピンチじゃないんだなと思った。

夢見るおっさんじゃいられない

20~23日・・・a4-y2(DVD1、単行本4、文庫1)



子供の頃、大人になったら夢なんて見なくなるものと
何となく思っていた。

ここでいう夢とは
将来に対する憧れだとか
なりたい職業のことではなく
睡眠中に望まずとも見てしまうほうの話。

限りなくフォーティに近いアラフォーのおっさん、
相変わらず夢を見ることがある。
頻度こそ減ったものの。


夢見ました。

予備校に夏期講習の申し込みに行く途中のこと。
・・・この歳で、ノッケから設定がおかしいのだが、何分夢のやらかすことなんで。

普通、予備校って街中にあるものだと思うが
何故か車で山道を進んでゆく。
私は助手席に乗って、運転しているのは誰だかはっきりしない。

どんどん山の中へと入ってゆく。

この予備校は来年閉校になるから
今年の夏こそ真剣に勉強しないといけない、みたいなことを話しながら。

するとやがて細い坂道に辿り着いた。
予備校はこれを越えた先にあるらしい。
私は車を降りて坂道を見やるのだが
それが60度ぐらいあるとんでもない急坂で、車では到底登れそうにないのだ。

これは無理だから諦めようと言ってみたが
誰だかわからない運転手は「いや、イケるイケる」と車を発進させた。

キュルキュルーとタイヤが空転し、案の定登れない。
車から降りて様子を眺めていた私は再度引き返すよう促した。

こうなるとさすがにその運転手も諦めたか、車をバックさせ始めた。


と、その時

急坂からの後退で勢いづいたあまり、
車が山道から脱輪してしまい、斜面へと転落しそうになった。

あ、危ない!

咄嗟に手を差し伸べると、車の何かを掴んだ。

よっしゃセーフ!

と思ったが
いくら夢でもそんな上手く事が運ぶわけはなく
誰だか知らない運転手が車のフロントガラスをヌルッと突き破って
斜面の藪の中へと吸い込まれるように落ち込んでいった。

俺のせいちゃうよな・・・
どうしよう、どうしよう・・・

ケータイも持ってないので
とりあえず助けを求めて山道を下ることに。

険しい山道を進むと、やがて少し大きな国道に出た。

すると向うからタイミングよく、自転車に乗ったおっさんがやって来るではないか。
すごくアホヅラしたおっさんで不安で仕方ないのだが、他に頼るものもなく
今時ケータイぐらいは持ってるだろうと、藁にもすがる思いで自転車を止めた。

「救急車呼んで!救急車!」

アホヅラのおっさんはのそのそとケータイを取り出し
電話をかけ始めた。

何とか助かったと一息ついてふと国道の向うを見やると
ロードバイクの男性2人が路上に転倒して呻いている。

自転車は無茶苦茶にひん曲がり、
状況からして車かトラックによるひき逃げのようだ。

すごく慌ててアホヅラのおっさんに
「ちょっと待って!救急車3台にして!3台!」

怪我人3人だから救急車3台。
夢の中にしては至極まっとうで上出来な計算だ。

そしてアホヅラのおっさんが救急車3台と訂正してる時
またふと思い立った。

あれ?ちゃうちゃう。
斜面から転落していった運転手はどこ行ったかわからないぞ。
先に捜索しないと。救急車来ても役に立たん。

再びアホヅラのおっさんに訂正を求めた。
「あ、ごめん。救急車3台ちゃうわ。救急車2台に、消防車、レスキュー隊呼んで!」

山中の捜索からのレスキュー隊という発想。
果たしてこれが正しいのか腑に落ちないものがある。

やっぱり救急車は3台で良かったんとちゃうかな?
転落した運転手発見後は救急車が必要になるんやし。
救急車3台とレスキュー隊の消防車1台呼んでもらうべきか?
そもそもレスキュー隊って何やねん。
山の遭難は山岳救助隊ちゃうんか?

おっさんが電話をかける姿を見ながら
何か違うんじゃないか、何か違うんじゃないか
不安と焦りが高まって来たところで

あ、これどうせ夢やろ?
そんなに焦らんでええで。


夢の中の出来事やから。


夢の中の出来事やから。


夢の中の出来事やから。


ハイ、ここで醒めた。
やっぱり夢やったやろ?

おっさんになってから見る夢と子供の頃見る夢の違いはここだ。
今見ているものが、起きていることが、夢の中だと気づいてしまう点。

テレビ番組を見て、「これ台本やで?」みたいな感じ。
焦りや恐怖が収まる反面、純粋な気持ちで文字通り夢中になれないのは残念でもある。


人生経験を積み重ねた世間一般のおっさんたちは夢なんか見るのだろうか?

毎晩のように悪夢にうなされているのだろうか?

知ってるつもり?!

9~13日・・・a0-y2(単行本2)


あんこ椿に反応せず・・・

限りなく透明に近いどころか、完璧なスルーでした。


今の20代は都はるみを知らないのだろうか?

名前ぐらいは知っていても、
あの個性的な歌い方は知らないんでしょうね。

ああ、嘆かわしい・・・

などと嘆いてはいられないほど、私も「ひょっとして、これって結構有名?」レベルの知らないことがありました。

『ブラタモリ』仙台編、
冒頭あたりで流れたBGM。

知らない人もヤケにキャッチ―な曲だと思われたことでしょう。
あの頃の光栄、歴史シミュレーションゲーム・ファンなら間違いなく気づかれたことでしょう。

そうです。

「独眼竜政宗」ではなく、「信長の野望」。
3作目「戦国群雄伝」、4作目「武将風雲録」の野戦シーンのBGM。




野戦か!?とつい身構えてしまいました。嘘ですけど。

「武将風雲録」はBGMが非常に良くって
オープニングのデモシーンで使われた「狼煙」も素晴らしい。




当然ながら、当時のゲーム中ではオーケストラなんて豪勢なものではなかったけど
今こうやって聞き比べると、それぞれに持ち味がある。


それより何より今回初めて知ったのが
これらの曲を作った菅野よう子という名前。

アニメやCM音楽等々、かなり有名な方だったんですね。
全く知らなかった・・・

「信長の野望」に限らず、「三國志」「ジンギスカン」「大航海時代」「維新の嵐」などなど
当時の光栄のゲーム音楽の多くを手掛けてたいたそうで。



そしてこの曲。

あの血沸き肉躍る、勇ましい「信長の野望」楽曲とは随分かけ離れすぎていて
知らなければ絶対に結びつかない。
Youtubeでインタビューに答える姿を見るとさらに結びつかない。


本物のゲーマー、経営も開発も 任天堂・岩田社長死去

海外のほうが大きく報道されているような気がしないでもない。

私の認識としても先代の故・山内社長のインパクトが強すぎたし
育った時代がスーパーファミコン止まりなので
その存在を知らなかったわけではないけど、もう一つピンと来なかった。

何より「なぜHAL研究所なのか?」が長らくわからなかったのだ。

訃報に少々失礼な話になりますが
昔のファミコン世代の感覚だと、HAL研究所といえばジョイボールぐらいなもんで、
大したゲーム会社ではなかった。
私だけかもしれないけど、二流、三流程度の認識。

だからその出身者が任天堂にそこまで買われる理由が不思議だった。

その理由を知ったのはわりと最近のことだ。

『ゴルフ』『F1レース』『バルーンファイト』
ファミコンが発売された当時、かなり遊んでいた任天堂名義のゲームソフトのいくつかは
HAL研究所が作ったものだったと。


今になってようやく知ることも多いです。
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