心願成就

18~21・・・0


女子アナ「殺す」と脅迫容疑=朝日新聞配達員を逮捕―日テレHPに書き込み・警視庁

ネットにハマるほど幼児退行しやすい。
もともと幼稚なのもあるだろうけど。

テレビに出てる人間に腹立てることはあっても
「殺したい」とまで思うことはまずない。

チャンネル変えたり、番組自体見ないようにすれば済むのに。
不遇な人間もネットで色々と書いて情報発信できる時代になって
幼稚で粘着質な人間が増えてる気はする。


中学一年の時、休み時間に体育館と校舎の間、
上履き禁止の場所で同級生と2人、ボールを蹴って遊んでいた。
上履きのままで。

すると、運悪く、体育館から出て来た体育教師のFに見つかって怒鳴られた。
おまえら何しとんじゃコラ―ッ!


いきなり怒鳴られたから
つい反射的に廊下に戻ってセーフ的な行動を取ろうとしたのだが
それがマズかった。

体育教師Fは私が逃走を図ったと誤解したらしい。

待たんかい!
おまえらちょっと来い!


2人で上履きを脱いで、体育教師Fの前に並んだところ

何、逃げようとしとんじゃ!

私の上履きをひったくって
それで思いっきりパコーンと私の頭を叩いた。

(逃げる?逃げるつもりは無いねんけど・・・)

体育教師Fは一方的にさらなる誤解を重ねていった。

俺が怒ってるのに逃げるとは何ちゅう奴や。
おまえ、今年の一年で相当なワルやろ?
名前、何や。覚えとくわ。
ええか、俺の目の黒いうちはおまえの好き勝手にはささんからな!


そんなん全然ちゃうやん・・・
勉強もよくできる真面目な生徒やのに・・・
勝手に誤解しまくってる・・・
この人めっちゃアホやん・・・

体育教師Fは捨てゼリフを吐いてその場を立ち去り
解放はされたものの、私はひどく凹んだ。

その日以来、体育教師Fの目を恐れるようになった。

体育教師Fは上の学年の担任で僕らの体育の授業を受け持つことは無かったが
登下校時の門の前や廊下などで顔を合わさないように
出くわさないように、Fを避けることに神経を使わなければならなかった。

中学2年になると、所属していた柔道部の先輩Sが狂暴化し
部員数人と一緒に部を辞めたのだが、
そのことで先輩Sから再三呼び出しを受けながら無視することにし
その結果、Sからも逃げなければならなくなった。

体育教師Fと先輩Sから逃げ回るには
校内は決して広すぎるということは無い。

廊下の向こうからFが、こちらからはSが。
万事休す。
あとはこの窓から飛び降りるしか他に道はない。

さすがにそんな映画ビーバップハイスクールのような展開は無かったものの
当時はかなりキツかった。

せめてどちらか一方でも”敵”を何とかしなければ。

何とかすると言っても、私にはどうしようもない。
ただ祈るしか他になかった。

体育教師Fが何とかなってくんねーかなー
どこか遠くへ行ってくんねーかなー


それから幾日か経過したある日
周囲の様子に何やら変化が生じているのを感じた。

体育教師Fの姿を見かけなくなったのだ。

F、どうしたんやろ?
まあええわ。心の重荷が少し軽なって。

これで警戒すべきは先輩Sだけになった。

やがて中学3年になり
先輩Sも卒業してしまって
最大の警戒を要する敵がいなくなり
すっかり忘れてかけていたある日の全校集会のこと。

弱々しい姿で壇上に登ったのは、あの体育教師Fだった。

「・・・何とか皆の前に戻って来ることが出来ました・・・」
あの頃のような乱暴なまでの精悍さ、覇気はどこへやら。


一体何があったというのか?

体育教師Fはバイク通勤でパチンコ屋に寄った帰りに交通事故に遭い、
瀕死の重症を負ったということだった。
何メートルも飛ばされて、半身不随の一歩手前まで行き
長期療養していたそうだ。

それがFの姿を見かけなくなった理由だったのだ。

俺が願ったせいじゃないよな?
いなくなって欲しいとは思ったけど、そこまでは祈ってなかったよな?

Fの件以来、死ねだの殺すだの
そうそう願ったりするものじゃないなと思った。


サラリーマン時代、最後となった憎き上司Tに対して
あの頃のように念ずればこいつも何とかできるのでは?と思い、
自動車のブレーキ故障でも起きたらなどと本気で願ってみたけど
軽い胃潰瘍になって半日欠勤ぐらいで済んでた。

ピロリ菌程度しか動かせなかった。

俺の腕も落ちたもんやな・・・

どこも厳しい・・・

14~17日・・・a0-y1(単行本1)


Amazonが絶不調に陥っている。
2週間ぐらい一つも売れてない。

購入者が評価を返してくれない病で評価が下がったせいか。
1月終わりの児童ポルノ出品者摘発事件の影響もあるのか。

いくらモノが売れない2月とは言え
1月が好調だっただけに、ここまで落ち込むと精神的にかなりキツい。

しかもこの2月に行動圏のブックオフが2軒も閉鎖。

今福鶴見店はやや遠いので訪れるようになって半年ぐらいの
あまり行ったことがない店だった。

堺陵南店のほうは昔は頻繁に訪れていたが
すっかり枯れてしまって、ここ3年はほとんど行ってなかった。

古本とDVDの一部しか見てないけど
いつ閉店してもおかしくない店舗がまだ2,3軒はあるかな。

ブックオフの決算も厳しいと。
単品管理、せどり対策は結構だが、いくら何でも値付けが高すぎるのでは?

売れずに置きっ放しだから、背が色褪せてしまって尚更売れなくなる悪循環に。
他人のことは言ってられないが。

今日もある店舗に行ってきたけど
昔はあまり見かけなかったのにピコピコせどりが何人もいた。
店舗が閉鎖によりどんどん減ってこんな所にまで流れて来るようになったのか。
ほとんど拾えず、またも風邪気味で頭痛だけを得て帰って来た。

どうなる?PL学園 野球部存続嘆願書受理も入学試験たったの28人

こっちも厳しいらしい。

大阪の南部、そびえ立つPLの塔を中心に根付いていたPL文化。

かつてはPLランドという遊園地もあって
小さい頃はよく連れて行ってもらった。
夏は大プール、冬はスケートリンクもあったような。

KKコンビのPL学園野球部全盛期で
PLランドのプール→PL学園野球部・甲子園出場決定→PL花火
真夏のPLイベント・3コンボに、浄土宗でPL信徒でもないのに盛り上がっていた。

最近はPL花火(※正式には教祖祭PL花火芸術)の
公称打ち上げ数水増しが問題になっていたが
以前から昔と比べてショボくなったともっぱらの評判だった。

しかしPL教に陰りを感じ始めたのはさらにもっと昔、
PLランドが規模縮小し、桜ヶ丘遊園への名称変更を経て
ついには閉園してしまった頃だ。

教祖が代替わりして以降、派手な文化事業に積極的ではなくなったなど
色々な噂は耳にしてきたけど。

ほとんど勧誘してこない宗教団体という印象で
毛嫌いする要素が全く無かったのだが
それが却って衰退に繋がってしまったのだろうか?

もうネット無しには

10~13日・・・a0-y6(単行本5、DVD1)

先日の夜、急に雨が降り出した途端
近くで激しい落雷があった。

落雷直後は何ともなかったのが
20分ほど経った後、インターネットが接続できなくなった。

うちは未だに、今後もADSLなのだが
どうもそのモデムが怪しい。

電源を抜いたり、リセットボタン押したりやってみるが復旧できない。

まさか、落雷で故障したのか?

これはいかん、早く新しいモデムを送ってもらわないと・・・

サポートセンターに電話をかけると
音声ガイダンスの指示に四苦八苦させられた挙句
本日のサポート時間は終了しております。また明日おかけくださいと突き放された。

ネットに接続できないと何にもできない。
インターネット登場以前はこれが当たり前だったのに、ものすごい不安感。

諦めて2時間ほど放っておいたら、モデムがカチッと鳴った。
再びインターネットに接続できるようになった時のこの救われた感。

認めたくなかったことだけど、
ネットが無いと生きていけない、ネット頼みの人生になってしまっているな、と。


僕の場合、その核となるのは
Amazon、ヤフオク、そしてYouTubeだろうか。

ネット自体がそうかもしれないけど
YouTubeって普通は検索から入ると思われるので
見る動画、見ない動画はっきり分かれてしまう。

自分の興味のある動画しか見ないから
Youtuberと言われても何のことかわからなかったし
ラッスンゴレライなるものが流行っているということも全く知らなかった。

僕が主に見るのは、最近見ないけど、動物やドライブレコーダーの事故動画。
子猫関係の動画は寝る前に丁度いい。飼う気にはならないけど。

そして料理系の動画。
コーヒー、紅茶、カクテル、クレープ、カルボナーラ、東南アジアのストリートフード・・・
台湾、中国のお茶を淹れる動画なんか合理的なんだか雑なんだか摩訶不思議で見入ってしまう。




さらに音楽系。80年代楽曲中心に。
最近ハマっているのは曲調をガラッと変えてくるデュエット。



演歌聴くようになっちゃったか。
子供の頃はわりと耳にしていたんだから、素地はあるんだろうけど。
しかし、ド演歌にはまだ抵抗がある。

それから当然ながら競馬関係。
私の個人統計なら、やはりオグリキャップの再生回数が突出していることでしょう。
何回見ても鳥肌モノのレースばかり。




後はテレビ、ラジオ番組。

あっ、これは違法ですね。

MBSは公式にラジオ番組をアップしてくれるから実に有難いなと思っていたら
「ごぶごぶ」の綺麗な動画までアップされていて
いよいよホリエモンの訴えていたテレビとネットの融合の幕開けかと期待したら
著作権侵害でアカウントgobugobu5296が停止させられてた。

てっきり公式アカウントだと思って、チャンネル登録したままなんだけど。


記憶のサルベージ作業

6~9日・・・0


4日連続で何一つ売れてませんけど。

ヤフオクで入札がいくつか入ってるので
精神の安定は保たれている。


最近、記憶違いやら記憶の欠落が酷い。

名前が出てこない・・・
言われて初めてそうだっけ?といった具合に先回りが出来なかったり・・・

『夢がMORIMORI』に森脇健児が出演していたことをキレイさっぱり忘却していたり。
森口博子とSMAP(森)でなんとなくフワッとMORIMORIみたいな記憶になっていた。


勤めていた会社に
リーゼントにチョビ髭生やしていた係長がいた。
営業じゃなく、倉庫の人だから許されてたんだけど。

昔はケンカ番長でブイブイ言わせたらしいが
すっかり小太りのずんぐりむっくりとした体型になっていた。


新人研修で倉庫作業をやらされた際に
この係長に怒鳴られた。
箱の積み方が間違っていたらしくて。

でも、僕はまさか自分が怒鳴れているとは思いもよらず

怖っ・・・誰か怒鳴られとんで・・・

遠くで怒鳴ってるからわからんし
無視してせっせと積みあげてやった。


この係長、毎日ハーレーに乗って出勤していた(らしい)。


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僕はガテン営業だから係長とは出退勤の時間が違ったので
残念ながらハーレーに跨るそのハーレー姿を自分の目で確認したことはなかったが。

ハーレーは維持費がかかる説とそうでもない説に分かれているけど
あの安い給料で維持できるものか。


こんなハーレー係長が許されるぐらい
この会社は懐の深いところもあるのかと思っていたのだが
その後さらに劣悪な環境の部署へと追いやられた。
やっぱりにらまれてたんやな。


すっかり業績が傾いたあの会社は
昨年かなりのリストラを行ったらしいが
あのハーレー係長が無事に乗り切ったとは到底思えない。


しかし何よりこのハーレー係長の名前を思い出せなかったのがショックだ。

あれだけ濃いキャラの人だったのに。
あの顔形でハーレーに乗る姿まではっきりイメージできているのに。

3年ぐらい前までは普通に覚えてた気がするんだけど。


木村さん。
木村係長ね。ハイハイ。

彼らのその後は・・・

1日~5日・・・a2-y2(単行本4)


新卒の入社一年目、ガテン系営業をやらされていた頃は
午前8時すぎには梅田にいなければならなかった。
8時20分頃に運送屋のトラックが旧・富国生命ビルの駐車場に到着するから。

ところが7月の終わりにその老舗取引先と取引中止になってしまい
当然ながら私も別の取引先に担当替えとなった。

新たに担当となった取引先は大阪ミナミ・難波、
しかもあの笑いの聖地付近でホニャララ興業関係のビルに入っていた。

ここは運送屋が商品全部を最後まで運び上げてくれる段取りが出来上がっていたので
午前8時半すぎに入ればよく、そういう点では随分ラクになってしまった。

梅田地下街の頃のようなガテン仕事からは解放され
いよいよガテン系サラリーマン、ガテリーマンから脱却し、
晴れて外見上は普通の営業系サラリーマンぽくなった。
(※社に戻ると相変わらずガテン系雑用が中心でしたが)


それでも最初のうちは
梅田地下街で培われたガテリーマンシップをまだ失っていなかったので
担当者の中では一番早くに入るようにし
ビルの管理窓口で氏名等の記載を求められるノートも、いつも私が一番初めに記入していた。


その日もいつものように缶コーヒーを飲み終えて
ビルに入ろうとしたところ
派手なTシャツにダボっとしたジーンズ姿の茶髪ぽい兄ちゃん2人組が
どこからともなく突然、目の前に飛び出してきた。
瞬間的にビクッとした。

ここは物騒なミナミ、しかもまだ朝早く人通りもない路地裏。

アカン、これは狩られる!

緊張が走った。


一瞬、間を置いた後

おはようございまっす!!

勢いよく挨拶されて
キョトーンとなってしまった。

どう見ても取引先の人間ではなさそうだし
そもそもこちらが出入り業者だから挨拶される立場ではない。

何かと勘違いされてるぞ・・・

そういえばここはホニャララ興業関係のビルやし・・・

ひょっとして
ホニャララ興業の社員と間違われてない?


私は慌てて「あ、違います違います」と手を振りながら答えた。
今度は向こうがキョトーン顔になり
すぐに「チェッ、ちげえーのかよ。挨拶して損した」的な顔になった2人組から
逃げるようにその場を離れ、そそくさとビルの通用口へ。

そして管理人室でノートに氏名を記入しようとしたところ
いつもと違って自分より先に記入があって
そこにはマシンガンズと殴り書きしてあった。

マシンガンズ?

もしかしてさっきの2人組?

聞いたことないけど
ホニャララ興業の若手芸人なんか?

それ以来、マシンガンズというコンビのことは気になっていた。

フッと思い出して”マシンガンズ”で検索、Wikipediaで調べてみると

マシンガンズとは、太田プロダクション所属のお笑いコンビ。東京都豊島区内のカルチャースクールで学んでいた滝沢、西堀の2人により1998年に結成。


太田プロダクションで98年結成だと違うのかな。

さらに読み続けると

吉本興業(NSC大阪23期生)にも同名のコンビがいたが無関係である(現在は「ベッターマン」に改名し松竹芸能に所属)。


ホニャララ興業にも発見!
しかしNSC23期生ではあの日の出来事と時期的にちょっと合わない。
しかもベッターマンて。

やっぱり違うのか。

あの時見たのも酷い殴り書きの汚い字で
そもそもマシンガンズでは無かったかもしれない。

マシンガンズという字が見間違いだったら
折角ここまで書いてきたこの記事も何やってんて話やで?

YASAKA

28~31日・・・a2-y4(DVD3、単行本3)


受験生激励大声やめて! 入試会場で塾関係者ら過熱

私立中学などの入学試験で、塾関係者による「応援団」や「決起集会」への対応に学校側が頭を悩ませている。今月、兵庫県内各地で行われた入試でも、のぼりや鉢巻き姿で大声を上げ気合を入れる光景が見られた。ほかの受験生や保護者から「萎縮する」との苦情が上がっており、学校側が自粛を呼び掛ける動きも出ている。(小尾絵生)


何度も繰り返しになりますが
過去の栄光にすがるしかないので今後も繰り返すことになりますが
僕は小学校の頃わりと頭が良かった子だったように記憶している。

けれど、両親は高卒でそれほどの経済的余裕もなく
子供に対する教育的関心も他の庶民的な一般家庭と同程度で
つまり公立幼稚園から公立小学校、次は地元の公立中学校に進むのが当然と考えていた。

もっと言うと、それ以外のルートがあると知らなかった。
親が私立中学受験という”世界”があることを知らなかったのだから
子である僕もそういうことに骨身を削っている連中がいることに気づかなかった。

小学校もそろそろ卒業が見えて来たある日
クラスの中で数人ポツポツ休むようになった。
他所のクラスでも欠席者が相次いでいるらしい。
教師たちもどこか様子がおかしい。

何が起きているのだろう?

それとなくクラスの子たちに聞いて初めて知った。
その日が私立中学受験の日だと・・・

その日欠席してる子たちは頭も品も良くて
家庭も裕福でいかにも育ちのよさそうな子がほとんどだった。

・・・が、その中におかしなのが一人紛れていた。モンスターが。



八坂

八阪?

矢坂ではない

とにかくヤサカ

YA-SA-KA


小学校に上がってすぐ同じクラスになって初っ端から
「お前何やねん!じゅるじゅる(※涎をすする音)」
いきなりガッと胸倉を掴まれた。

フーテンの寅さんを凶悪犯にしたような顔つきで
第一印象からアル中のチンピラといった印象だった。
可愛らしいピッカピカの小学一年生とは対極的な存在。

小1になったばかりの新入生早々のある日
まだクラスもよそよそしい空気だったところで
イタズラっ子どもが心の垣根を取り払い団結心を高めようと
たまたま教室に置いてあった木琴を皆で押し回そうということになった。

suzuki_AX420.jpg
当時から僕は善悪の判断がつく性質だったので
こんなことやったら先生に叱られるやろな・・・とわかってはいたのだが
この悪事に参加しないとイタズラっ子、腕白グループに入れてもらえない、
何としても彼らに付いていきたいという気が働いて
一緒になって木琴を押して走りまわった。

やがてイタズラはエスカレートし
机や教卓、ロッカーに木琴をぶつけると面白いぞ、ということに。

スピードにのった木琴がぶつかる度に悪童たちは大笑い。

木琴はどんどん傷だらけに、音板も外れて
あちこちガタガタになってしまった。

心根が善良な僕は
(全然おもろないがな。絶対怒られるやん・・・)
引きつった顔で何とか笑ってみせるだけ。

その時、すっかりボロボロになった木琴の上に飛び乗り、
さらに囃し立て始めたのがYA-SA-KAその男だった。

「もっとやれー!はよ押せや!じゅるじゅる~」

上履きのまま何の躊躇いもなく木琴に飛び乗ったのには衝撃を受けた。
(うわ、こいつまだやる気か?絶対アタマおかしいぞ・・・)
完全にイッてしまって、涎も止まらない様子だった。

当然ながらこの後、担任の女先生に泣きながら
こっぴどく怒られることになったのですが
それより僕はYA-SA-KAという人間の底なしの恐ろしさに戦慄を覚えた。

こいつめっちゃヤバイ奴や
僕はYA-SA-KAにだけは逆らわないように、そしてなるべく近寄らないようにした。


当時の僕は絵が上手い方だったので
休み時間になるとクラスの子が絵描いて~と集まって来た。

その日もカブトムシの絵を依頼され
すっかり画伯気取りになった僕はいつも通り自分のジャポニカの自由帳を広げて描き始めたら
その様子を目ざとく見つけたアイツが、YA-SA-KAがフラフラやって来た。

「カブトムシそんなんちゃうわ。俺が描いたるわ」

僕の自由帳と鉛筆をひったくると
誰も頼んでないのに勝手に描き始めた。

「こうやろ~こうなってるやろ~じゅるじゅる~」

すっかりYA-SA-KAにたてつく気も無くなっていた僕は
顔を引きつらせながらも周囲の子らと一緒になって
「へ~そうなんや~。よう知ってるな~。YA-SA-KA君、上手いな~。」
と心にもないお世辞を並べ立てて褒めあげた。

(はよ休み時間終わってさっさと行ってくれへんかな・・・)

ようやく休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴ると
YA-SA-KAはいたく満足気に千鳥足で去って行った。
いびつで下手くそなカブトムシの絵と涎の痕をしっかり残して。


その後、運よくYA-SA-KAとは二度と同じクラスになることはなかったが
女子のスカートの中に頭入れる姿を見かけたり
何か燃やしたという噂を耳にしたり
5時間目の授業も抜け出して早々と帰宅する姿を目撃したり
やりたい放題、YA-SA-KAの蛮行は続いた。


そんなYA-SA-KAが
あのYA-SA-KAが
私立中学受験?

俄かには信じ難かったが
清風か清風南海に行ったという噂を聞いた。

到底アタマが良かったようには思えないのだが
アタマがイイとか悪いとか言う以前にアタマがおかしいんだが
塾通いして中学受験脳だけこさえたのか。
同じ公立中学に来られるよりは全然結構だったけど。


中学受験で名門私立に進んでも
伸び悩むのも多いだろうけど
今頃、医者か官僚にでもなってるかと思うと背筋が寒くなる。
見えない所で悪事をはたらいてそうで。

仮にYA-SA-KAがすっかり更生していたとしても
俺は信じない。

絶対に信じない。
プロフィール

E

Author:E

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