どこも厳しい・・・

14~17日・・・a0-y1(単行本1)


Amazonが絶不調に陥っている。
2週間ぐらい一つも売れてない。

購入者が評価を返してくれない病で評価が下がったせいか。
1月終わりの児童ポルノ出品者摘発事件の影響もあるのか。

いくらモノが売れない2月とは言え
1月が好調だっただけに、ここまで落ち込むと精神的にかなりキツい。

しかもこの2月に行動圏のブックオフが2軒も閉鎖。

今福鶴見店はやや遠いので訪れるようになって半年ぐらいの
あまり行ったことがない店だった。

堺陵南店のほうは昔は頻繁に訪れていたが
すっかり枯れてしまって、ここ3年はほとんど行ってなかった。

古本とDVDの一部しか見てないけど
いつ閉店してもおかしくない店舗がまだ2,3軒はあるかな。

ブックオフの決算も厳しいと。
単品管理、せどり対策は結構だが、いくら何でも値付けが高すぎるのでは?

売れずに置きっ放しだから、背が色褪せてしまって尚更売れなくなる悪循環に。
他人のことは言ってられないが。

今日もある店舗に行ってきたけど
昔はあまり見かけなかったのにピコピコせどりが何人もいた。
店舗が閉鎖によりどんどん減ってこんな所にまで流れて来るようになったのか。
ほとんど拾えず、またも風邪気味で頭痛だけを得て帰って来た。

どうなる?PL学園 野球部存続嘆願書受理も入学試験たったの28人

こっちも厳しいらしい。

大阪の南部、そびえ立つPLの塔を中心に根付いていたPL文化。

かつてはPLランドという遊園地もあって
小さい頃はよく連れて行ってもらった。
夏は大プール、冬はスケートリンクもあったような。

KKコンビのPL学園野球部全盛期で
PLランドのプール→PL学園野球部・甲子園出場決定→PL花火
真夏のPLイベント・3コンボに、浄土宗でPL信徒でもないのに盛り上がっていた。

最近はPL花火(※正式には教祖祭PL花火芸術)の
公称打ち上げ数水増しが問題になっていたが
以前から昔と比べてショボくなったともっぱらの評判だった。

しかしPL教に陰りを感じ始めたのはさらにもっと昔、
PLランドが規模縮小し、桜ヶ丘遊園への名称変更を経て
ついには閉園してしまった頃だ。

教祖が代替わりして以降、派手な文化事業に積極的ではなくなったなど
色々な噂は耳にしてきたけど。

ほとんど勧誘してこない宗教団体という印象で
毛嫌いする要素が全く無かったのだが
それが却って衰退に繋がってしまったのだろうか?

YASAKA

28~31日・・・a2-y4(DVD3、単行本3)


受験生激励大声やめて! 入試会場で塾関係者ら過熱

私立中学などの入学試験で、塾関係者による「応援団」や「決起集会」への対応に学校側が頭を悩ませている。今月、兵庫県内各地で行われた入試でも、のぼりや鉢巻き姿で大声を上げ気合を入れる光景が見られた。ほかの受験生や保護者から「萎縮する」との苦情が上がっており、学校側が自粛を呼び掛ける動きも出ている。(小尾絵生)


何度も繰り返しになりますが
過去の栄光にすがるしかないので今後も繰り返すことになりますが
僕は小学校の頃わりと頭が良かった子だったように記憶している。

けれど、両親は高卒でそれほどの経済的余裕もなく
子供に対する教育的関心も他の庶民的な一般家庭と同程度で
つまり公立幼稚園から公立小学校、次は地元の公立中学校に進むのが当然と考えていた。

もっと言うと、それ以外のルートがあると知らなかった。
親が私立中学受験という”世界”があることを知らなかったのだから
子である僕もそういうことに骨身を削っている連中がいることに気づかなかった。

小学校もそろそろ卒業が見えて来たある日
クラスの中で数人ポツポツ休むようになった。
他所のクラスでも欠席者が相次いでいるらしい。
教師たちもどこか様子がおかしい。

何が起きているのだろう?

それとなくクラスの子たちに聞いて初めて知った。
その日が私立中学受験の日だと・・・

その日欠席してる子たちは頭も品も良くて
家庭も裕福でいかにも育ちのよさそうな子がほとんどだった。

・・・が、その中におかしなのが一人紛れていた。モンスターが。



八坂

八阪?

矢坂ではない

とにかくヤサカ

YA-SA-KA


小学校に上がってすぐ同じクラスになって初っ端から
「お前何やねん!じゅるじゅる(※涎をすする音)」
いきなりガッと胸倉を掴まれた。

フーテンの寅さんを凶悪犯にしたような顔つきで
第一印象からアル中のチンピラといった印象だった。
可愛らしいピッカピカの小学一年生とは対極的な存在。

小1になったばかりの新入生早々のある日
まだクラスもよそよそしい空気だったところで
イタズラっ子どもが心の垣根を取り払い団結心を高めようと
たまたま教室に置いてあった木琴を皆で押し回そうということになった。

suzuki_AX420.jpg
当時から僕は善悪の判断がつく性質だったので
こんなことやったら先生に叱られるやろな・・・とわかってはいたのだが
この悪事に参加しないとイタズラっ子、腕白グループに入れてもらえない、
何としても彼らに付いていきたいという気が働いて
一緒になって木琴を押して走りまわった。

やがてイタズラはエスカレートし
机や教卓、ロッカーに木琴をぶつけると面白いぞ、ということに。

スピードにのった木琴がぶつかる度に悪童たちは大笑い。

木琴はどんどん傷だらけに、音板も外れて
あちこちガタガタになってしまった。

心根が善良な僕は
(全然おもろないがな。絶対怒られるやん・・・)
引きつった顔で何とか笑ってみせるだけ。

その時、すっかりボロボロになった木琴の上に飛び乗り、
さらに囃し立て始めたのがYA-SA-KAその男だった。

「もっとやれー!はよ押せや!じゅるじゅる~」

上履きのまま何の躊躇いもなく木琴に飛び乗ったのには衝撃を受けた。
(うわ、こいつまだやる気か?絶対アタマおかしいぞ・・・)
完全にイッてしまって、涎も止まらない様子だった。

当然ながらこの後、担任の女先生に泣きながら
こっぴどく怒られることになったのですが
それより僕はYA-SA-KAという人間の底なしの恐ろしさに戦慄を覚えた。

こいつめっちゃヤバイ奴や
僕はYA-SA-KAにだけは逆らわないように、そしてなるべく近寄らないようにした。


当時の僕は絵が上手い方だったので
休み時間になるとクラスの子が絵描いて~と集まって来た。

その日もカブトムシの絵を依頼され
すっかり画伯気取りになった僕はいつも通り自分のジャポニカの自由帳を広げて描き始めたら
その様子を目ざとく見つけたアイツが、YA-SA-KAがフラフラやって来た。

「カブトムシそんなんちゃうわ。俺が描いたるわ」

僕の自由帳と鉛筆をひったくると
誰も頼んでないのに勝手に描き始めた。

「こうやろ~こうなってるやろ~じゅるじゅる~」

すっかりYA-SA-KAにたてつく気も無くなっていた僕は
顔を引きつらせながらも周囲の子らと一緒になって
「へ~そうなんや~。よう知ってるな~。YA-SA-KA君、上手いな~。」
と心にもないお世辞を並べ立てて褒めあげた。

(はよ休み時間終わってさっさと行ってくれへんかな・・・)

ようやく休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴ると
YA-SA-KAはいたく満足気に千鳥足で去って行った。
いびつで下手くそなカブトムシの絵と涎の痕をしっかり残して。


その後、運よくYA-SA-KAとは二度と同じクラスになることはなかったが
女子のスカートの中に頭入れる姿を見かけたり
何か燃やしたという噂を耳にしたり
5時間目の授業も抜け出して早々と帰宅する姿を目撃したり
やりたい放題、YA-SA-KAの蛮行は続いた。


そんなYA-SA-KAが
あのYA-SA-KAが
私立中学受験?

俄かには信じ難かったが
清風か清風南海に行ったという噂を聞いた。

到底アタマが良かったようには思えないのだが
アタマがイイとか悪いとか言う以前にアタマがおかしいんだが
塾通いして中学受験脳だけこさえたのか。
同じ公立中学に来られるよりは全然結構だったけど。


中学受験で名門私立に進んでも
伸び悩むのも多いだろうけど
今頃、医者か官僚にでもなってるかと思うと背筋が寒くなる。
見えない所で悪事をはたらいてそうで。

仮にYA-SA-KAがすっかり更生していたとしても
俺は信じない。

絶対に信じない。
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