さらに厳しくなる環境の下で

21~23日・・・a2-y2(DVD1、単行本1、文庫新書3)


今週はせどり環境がさらに厳しくなるかもしれないニュースが相次いだ。

ヤマト運輸 現行のメール便を廃止へ

どれだけお世話になったことか・・・

昨年、ヤフーと日本郵便がクリックポストを開始して以来、
発送でクロネコメール便を利用する機会はほとんど無くなったが
Amazonマーケットプレイスで古本を購入すると
クロネコメール便で送ってくる出品者がほとんど。
大量に捌く場合、クリックポストは辛い。

クロネコメール便廃止の噂は従前からネット上に流れていたし
コンビニも面倒くさそうだった。
廃止の理由に関しては、信書に関する法的問題、採算的な理由等色々囁かれているが
大して儲かりもしないメール便に、オークション等の個人ユースが乗っかることで発生する
トラブルによってクロネコ・ブランド(クール宅急便の件はあるにせよ)が傷つくこともあったのでは?

法人の出品者は4月以降も新たなDM便が使えるとのことで
完全に古書店レベルの出品者なら影響なさそうだが。

懸念されるのは日本郵便クリックポストの値上げ。
現在は164円だが、明らかにクロネコメール便2㎝を意識した同一価格だったので
競争相手が退いたことにより、この価格を維持する理由もなくなってしまいそう。

我らが孫正義には是非ともひと踏ん張りお願いしたいところではあるが
サービス廃止されるよりは少々の値上げなら仕方ないかと。
200円、最大250円までなら耐えられるかな。

その際は大阪→沖縄を4日間に短縮してほしいんだけど。


児童ポルノ出品放置疑い、アマゾンジャパン捜索

アダルト関係もコミックも扱ってないので
この点では摘発される恐れはなさそうだが
また別の方面から取り調べ受けそうな本を見つけることも多い。
小心者だから、そういった怪しい本はブックオフで見かけても避けている。
カルト宗教系、マリファナ・ドラック系等々。

しかし注文が入った後にわかって、ちょっとヤバくない?的な本もあった。
例えば、イスラム国絡みで話題になった人の本。
ニュースで名前も顔も見ていたが、注文が入るまで気づかなかった。
下手に売って、関係者と疑われたりしないかと。

Amazonマーケットプレイスの場合、出品者ばかりではなく、購入者も注意が必要だ。
Amazonの購入履歴は半永久的に握られていると考えたほうがいい。
一旦退会してアカウント閉鎖しても購入履歴は残されるそうです。

特に著名人、官僚・政治家・大企業幹部等のパワーエリート層は
おかしなモノを購入しないに越した事はありません。



厳しい環境の下で

17~20日・・・a4-y2(単行本3、文庫3)


冬場、免疫の低下が著しくなり
口内炎がよく出来るようになった。

先日風邪気味だったのにうっかりチップスターを食べていたら
破片が刺さったのか舌に大きな血豆が出現。
血豆を潰して、その時は痛みはそれほどでもなかった。

翌日、ある古書店にせどりに行ってきたのですが
そこですっかり風邪を引いてしまい
そのせいもあってか血豆痕の痛みまで激しくなった。

そして昨日はダウン。
もうこのまま10年ぐらいずっとダウンしたままでいたいぐらい(次に目覚めた時はアラフィフ)
舌が痛いし体も辛かった。


あの駅ビル内の古書店、夏は燦々と降り注ぐ太陽光で灼熱、
冬は猛烈なビル風にさらされて極寒。

私が勤めていた会社も
”現場”は似たような夏と冬の厳しさに襲われる環境だった。

おかげ様でその”現場”に送られることは無かったけど
営業だって別の厳しさを味わう仕事だった。

新入社員として配属されたのは望んでもない営業で
そこは社内で動物園と呼ばれるほど逸材揃いの部署だった。
基本がガテン系だから動物に近い人種でもなければ昔は勤まらなかったのだ。

幸運にも私が入社した頃にはガテン系営業からの脱却を模索していた時期だったが
まだガテン系の名残があった。

最初に担当された取引先は梅田の地下街にあった。
この取引先は毎年新人が配属されるのだが
それは比較的小さく、新人でも見やすいなどの理由もあるけど
何より、きついガテン仕事にあったのです。

当然ながら地下に商品を搬入しなければならない。
普段は地下街と直結した富国生命ビルの地下で運送屋のトラックから荷受けして
後は台車で運んで済むのだが
月に一度、富国生命ビルの休業日があった。

その日は地下に降りる階段から荷降ろししなければならない。
運送屋も嫌だからそこはシビアに地上の階段入口前にドカドカ下ろすだけで後は手伝ってくれない。
私と、会社がつけてくれるバイト一人、取引先のバイト一人の計3人で
何十個という荷物を階段から降ろさなければならなかった。
アパレルやドラックストアだと荷物も軽そうなんだが、うちのは重い。クソ重かった。

全ての荷物を地下に降ろして
取引先に搬入し終えた頃にはもう汗だくで。
ここから検品とか無理だって。

これ真夏だとどうなるんだよ・・・と危ぶんでいたら
7月の終わりに、その取引先とは突然取引中止となった。
私の態度に問題があったのではなく、社長同士が喧嘩したらしい。
おかげで私は月一ながら苦痛の肉体労働から解放されてひたすら嬉しかった。

恐ろしいことにこの地下の取引先への階段からの搬入作業は
私が配属されるほんの3年前まで毎日行われていたらしい。
動物たちは疑いもなく毎日汗水流していたのだ。

しかしそんなある日、知恵と勇気のある立命館卒の新人戦士が降り立って
こんなことやってらんねえ!と悪しき因習を打ち払った。
「近くに富国生命ビルの地下搬入口があって他所はそこから直に搬入してんじゃん」

動物たちは何年も、下手すれば何十年も富国生命ビルの存在に気付かなかった。
それ以来、動物たちのガテン仕事が一つ消え、腰痛の持病化リスクが少し低減したのだ。
我らがヒーローだった立命館戦士は、私が入社した年に入れ替わるように会社を去って行った。


250px-Osaka_Fukoku_Seimei_Building_Osaka_Japan01-r.jpg
富国生命ビルは2010年に建て直され、今日も立派な佇まいを見せている。
一方、あの会社は業績悪化で、既に本社跡は更地になったらしい。

書いていると冷えてきて、また口の中が痛くなってきた。


浪人・センター試験・地震

14~16日・・・a3-y3(単行本4、DVD1、文庫2)


阪神・淡路大震災20年 各地で黙とう


あれから20年。

てっきり2回目のセンター試験、翌々日の出来事かと思ってたんだけど
翌日の早朝だった。
もしセンター試験当日の地震だったら・・・

被災地ではないものの
僕の中では浪人・センター試験・震災の記憶がワンセットになっている。

高校時代は全くと言っていいほど勉強せず
順調に浪人し、予備校生活が始まった。

天王寺にある予備校を選んだ。
理由は安かったからだが、夏期講習含め後々考えるとあまり安くない金額だ。

4月当初はしっかり勉強する気満々だったが
5月頃から予備校の授業について行けなくなり
6月はついに全休状態になり
予備校の友人からは「あいつはもうダメだ」と思われた。

その頃は大学なんか行かずに警察官試験でも受けようかと考えていた。
警部や警部補なら高卒でも試験次第でなりうると知り
山村 美紗の推理小説やサスペンスドラマが好きだったせいで
狩矢警部や警部補・古畑任三郎あたりを目指そうかと。殺人事件の捜査したいやろ?
(※wikipediaによると狩矢警部は京大卒らしい)

しかし警察官試験の受験本を買って読んでみたところ
求められる人間像に協調性とあって速攻で諦めた。
血見るの嫌やしな。

7月に入って予備校の基礎クラス最後の授業に再び出席し
夏休みになるとわりとしっかり勉強していた。

いつもあべの地下街に昼食を取りに行っていたのですが
困ったことにアベチカから予備校に戻るちょうど中間あたりに
1プレー50円のゲーセンがあって腹ごなしがてら毎度寄るようになり
最初は30分だけのつもりがやがて1時間、しまいには2時間も遊ぶようになっていった。
それでも2時間遊んだ日は、その2時間分、長く予備校で勉強するなど
今では信じられないぐらい真面目にやってました。

模試の成績が上がり出したのはようやく11月頃から。

12月ギリギリになって付け焼刃で数学を仕上げた。
というか、仕上がってもなかった。
本番もどうやって数学の問題を解いたのか謎のままだ。

センター試験を無事終え、自己採点の出来に満足して
久しぶりに安眠できる・・・と思ったら、突然の激しい揺れに飛び起きた。

こちらは震度4程度で直撃した神戸市とは比べものにはならないものだったが
その程度の揺れすらそれまで経験したことが無かった。

その日はセンター試験の自己採点結果を
各予備校のリサーチのために提出しに行く予定をしていた。
現在はネット送信して完了してしまうらしく、ちょっと味気ない。

激しい揺れに目が覚めた時、外はまだ真っ暗で再び眠ったけど
9時頃に起きてテレビを点け、映し出された映像に驚いた。
CMは自粛ということで、ひたすらAC(公共広告機構)ばかり流れていた。

昼前に予備校に行って友人と落ちあい、上本町の河合塾へと向かった。
電車は動いてはいたけど、ダイヤは乱れていた気がする。

震災後はテレビばかり見て
センター試験の結果が良すぎたこともあって
2次試験の勉強には全く身が入らなかった。

20代の頃はセンター試験&震災前後の記憶なんてほとんど考えたことも無かったのだが
当時被災に遭った受験生は本当に大変だっただろうなと、今になってつくづく感じる。

このように不安定な浪人生活で
なんとか無事センター試験を乗り切ったと思った直後の大地震だったせいで
一層よく思い出されるのだろう。

東日本大震災もこちらの震度は同じ4で
ネット環境も整って津波映像など繰り返し見ているし
原発の問題なんかもあって影響は大きいはずだが
阪神大震災のように思い出される実感がどうしても乏しい。

就活の記憶

7~10日・・・a3-y3(単行本6、文庫3)


アナ内定取り消し、一転採用へ 日テレと和解が成立


裁判で争ってまで入社。

女子アナ、ましてキー局となると超狭き門で激烈な競争を勝ち抜いただけに
そこまでしてでも諦めきれないんでしょうか。

デタラメな就活しかしなかった私にはちょっとついていけない世界。
怖い怖い。


大学3回生のこの時期だったかな。
フジテレビに就活のための資料請求したのは。

昔からテレビは好きだったけど
この業界の人間は頭がおかしくないと勤まらんなと
中学生の頃から薄々気づいていたもので
テレビは見るにとどめ、そこで働きたいと思ったことは一度も無かった。

そもそも労働意欲が乏しく就活する意欲も低かったが
周囲から「フジテレビがウンタラカンタラ」という話を耳にして
気分はノラないが、とりあえず形だけ資料請求してみた。

採用活動の資料は届いたのだが
東京で行われる説明会が1月20日頃で、その2,3日前のことだった。
全く乗り気がしなかったので当然行かなかった。

今はどうなのか知らないけど
当時はテレビ局から採用活動がスタートだったような。

2月に入ると銀行関係だったか。
周囲は就職活動が本格化していたが
私は相変わらずその気にならず、リクルートスーツすら持っていなかった。

3月になると新聞社、出版社が始まって
微弱ながら就活する気も芽生えてきて、青山でスーツを購入。

初めて就職説明会に参加したのは日経新聞だった。

「早稲田卒はもう要らない」
「うちは不動産を結構持ってる」

そんな話があった記憶だけある。
日経新聞は筆記すら突破できなかった。

というか当然ながら新聞社、出版社は筆記試験のレベルが高いのです。
ボンクラ学生はある程度しっかり対策しとかないと対応できない。
私は対策しないまま彷徨っていた。

毎日、日経は筆記で落ち、読売・朝日は受けたかすら覚えてない。

読んだこともない産経だけ何故か面接に進めたが
「なぜ新聞記者を目指すのですか?」と訊かれ
「わかりません」と答えてしまう始末であっさり落とされた。

新聞社が終わって、いよいよ出版社が始まる。
就活意欲が低いなりに、私にとって本命だったが、出版社は難しかった。

何が難しいって、筆記試験にすら辿り着けない。
小学館、集英社はエントリーシートで落とされた。

結局、一次面接にまでこぎつけたのは講談社、角川書店だけだった。

講談社の面接はさっき新幹線で来たばかりでトップバッターだったが
面接官だった、いかにも業界人風銀縁メガネに
「あれ、君、大阪の人なのに関西弁使わないの~?」
いきなりそう軽い感じで言われ
(めっちゃおちょくられてる?)
もうカチンと来て、そこから終始ぶっきらぼうな受け答え。
当然一次面接で敗退。

雰囲気はまだ良かった角川書店の面接も
もうひとつ本気で面接受けようという意欲が乏しいまま終了。

出版社の就活が終わった5月も中旬になってようやく
焦り出して就活に本腰入れるという始末だった。
その頃には名だたる企業は採用活動終わっていました。


テレビ局はフジテレビに資料請求しただけでどこも受けなかったけど
ビデオリサーチ社には興味があって説明会に参加した。

調査会社だけあって適性を見るのか、作文を何度も提出させられて。
雑な性格だから次第に鬱陶しくなってきたのと
2回目の説明会だかで
「君たちは情報の価値がわかってないよ!」
と叱責されて嫌気が指して投げてしまった。

視聴率調査機設置の謝礼はいくらかを考えさせる問いかけだった。
結局いくらなのか教えてくれなかったけど、当然といえば当然だろうか。


正月も終わり、いよいよ

3~6日・・・a3-y5(DVD1、単行本6、文庫1)

さすがに好調。
やっぱり正月はこうじゃないと。

ようやく正月気分が高まってきたところで気づいたが
正月飾りをつけた車、めっきり見かけなくなった。

おととい、ブックオフへの行き帰りに観察してみたら
結局2台しか見かけなかった。メンタル強いね。

父親の車も昔は付けてたけど
いつ頃から止めたんだろう。

高校時分には、自転車の前カゴに正月飾りつけて
通学して来てる奴が一人だけいたけど。

また一つ、昭和の文化が廃れてしまった。


いつまでも正月気分ではいられない。
受験生はもうすぐセンター試験。

受験やら浪人やら地震やら色んな記憶がよみがえって来る。


大学受験といえば赤本
受験生なら1冊は購入しているハズ。

最近では受験予備校が各大学の過去入試問題を独自に収集し
ダウンロードできるようになり、赤本の需要も落ちたと言われるが
それでも受験生にとってバイブル的地位は変わらないでしょう。

昨年、この教学社の赤本が創刊60周年を迎えたのですが
それを記念して、60年前の赤本を探すという企画があった。


受験関係者のみならず、せどり的にも興味をひく企画だったのですが
結局、創刊当時の赤本は見つかったのだろうか?

見つかったという話、続報が全く見当たらないのだが・・・
やはり見つからなかったのだろうか?

せどりだけではなく、受験関係は結構なマニアや猛者がいるジャンルなので
それでも見つからないとすれば相当なことだろう。

私は赤本のせどりは苦手で
赤本でいい思いをしたことが全くない。

それどころか、ヤフオクでたった一度だけ、
商品届いたにも関わらず入金されなかった痛い取引が赤本だった。

受験シーズンまっただ中で、急ぎで要るだろうと思って入金前に発送してやったのが間違い。
自分が卒業した大学の赤本ということもあって甘い判断となってしまった。


うちの大学だってそこそこのもんなのに
こんな手癖の悪い奴が目指して来る時代になったのかよ!



無職のおっさんOBが言えた義理ではありませんが。


ヤフオクで赤本だと落札者は高校生が多いので
さすがに入金しなかったのはこいつ一人だったけど
全般的に入金・連絡がルーズになりがちということもあって、
赤本はせどり対象にしなくなった。


あの赤本だまし取ったヤツは
果たしてうちの大学に合格したのだろうか?

ああいうのがまかり間違って将来研究者を目指しでもしたら
不正論文書きまくるんだろうな。

雑煮原理主義

30~2日・・・a2-y1(単行本2、文庫1)


年が明けて早くも3日経ってしまいました。

ちょっと気温がマシだったので大晦日にブックオフに行って来たら
風邪をひいてしまって。

紅白歌合戦も意識が朦朧としていたせいでよくわからなかった。


正月なんか全然めでたくも嬉しくもないんだけど
お雑煮だけは楽しみ。

この世で一番好きな料理が雑煮。
雑煮の美味さだけはガチってやつ。

「刺してみろ!」の原因は…おせちの量で口論 殺人未遂容疑で男逮捕

おせち料理なんかどうでもよくて、雑煮さえあればいい。
おせちで満腹になったら、雑煮食われへんがな。

私は何故これほど雑煮にハマるのか?
やはりこの時期しか食べられないのが大きいのか。

しかし今年の雑煮はちょっとおかしかった。
オカンもちょっとボケて来たせいか、3年に一回ぐらい雑煮の味がおかしくなることがある。
そのせいかとも思ったが、3日目で原因がわかった。

ゆず。
たった一かけらのゆずが、味のハーモニーを狂わせていたのだ。

薄々気づいていたが、下手に言って機嫌悪くなると・・・と思っていたら
3日目になってオカンも面倒くさくなったのかゆずが入らなくなった。

するとどうだろう。
いつもの美味い雑煮が戻ってきた。
やっぱこうじゃないと。

この通り、人間が小さいせいか
雑煮が好きと言っても、雑煮なら何でも好むというわけではない。

家のと違う?日本全国お雑煮まとめ

雑煮は地域によって千差万別。

関西は白味噌が一般的なようだが
すまし汁に三つ葉、鶏肉、かまぼこ、餅で育ったので、正直それは無いわと思ってしまう。

北海道の雑煮は海老やイクラが入るという。信じられない。
父系は北海道・函館出身だが何故かこういう雑煮にならなかった。

宮城県はハゼが入る?
止めろ止めろ。

栃木はさといも入り。
それは雑煮ではなく、芋煮鍋じゃないの。

ほうれん草、小松菜を入れる地域も多いようで。
三つ葉やないと気分が乗らない。

鳥取は小豆入りだと。
もはや善哉やな。

広島はやはり牡蠣を入れて来るという。
本当に昔から入っていたのか、ちょっと怪しい。
(※広島の牡蠣養殖は江戸時代から行われているようです。疑って申し訳ございませんでした)

島根は海苔だらけやて。
返す言葉も見当たらない・・・


読者がたくさんいるブログやツイッターでこんなこと書こうものなら
炎上すること間違いないぐらい、同じ日本でも地域により雑煮文化は多種多様なのです。



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