思い出のファミコンゲーム「ファミリーサーキット」

伝説のYouTuber”たぶやん”のレトロゲーム実況を見ていて
あのゲームの記憶が蘇った。



ナムコの「ファミリーサーキット」(1988)。
買ったことすら忘れていた。

小学校6年の頃だったと思う。
まだF1レースに関心を持つ前だったのに
このゲームに手を出すとはなかなか先見の明があったんじゃないですか。

fc.jpg

ファミコン時代のカーレースゲームとしては最高峰と呼んでいいぐらい、
このゲームは実際のカーレースを細かに再現していた。

マシンをデザインし、セッティングを行い、
参加するカテゴリー(ノービスからスーパーA=F1)を選ぶ。

レース中には数多くのマシントラブルに見舞われる。
ウイング破損、タイヤのバースト、サスペンション故障、エンジントラブル、
そして後の鈴木亜久里を先取りするかのように電計系のトラブルまで(笑)
どこかが故障すれば、マシンの挙動にしっかり反映される。

fc4

故障すれば当然ピットインすることになるが
ピットクルーたちがタイヤ交換やガソリン補給をてきぱき行う様子を眺めるのも一興。
(エンジンの故障の場合はなかなか修理完了しなかったりする)

レースにおいて、他のカーレースにありがちな他車との当たり判定がないのは珍しかったけど
だからといって簡単かと言えばそんなことは全くなくて激ムズだった・・・。

とにかくスピード(画面スクロール)が速すぎて、
ドラクエをやりすぎて、すっかりアクションゲームの類が苦手になっていた僕には
マシンをコース内に走らせることすら難しかった。

fc2_20171016204346b20.jpg

こんな早い画面なのに、コーナーに硬いブロックが置いてあるから
操作をミスって突っ込めば即クラッシュでリタイア続出・・・。
時速300キロのレースであんなところにブロック置くなんてそれこそ殺人罪に問われかねない。

そんなわけで当時の僕には難しすぎてまともにコントロール出来ない記憶しかなく、
たぶやんはファミリーサーキットに関してはよく上手く操縦出来るね~なんて感心してしまうのだが
それでもこのゲームの再現性は素晴らしくて
ル・マンなんかの24時間耐久レースまで用意されていて、
しかもレース中にちゃんと夜になるというこだわりには当時も驚かされた。

fc3.jpg

懐かしいF1レーサーの名前が実名で(笑)
1987年のシーズンに従っていて、セナと中嶋悟もロータスホンダらしきマシンで登場する。
F1ブームが起こる前、ロータス時代のセナなんてちょっと貴重じゃないでしょうか。


当時は送り出すゲームにハズレなしぐらいの印象だったナムコだが
今どうなっているのだろう?

2006年3月31日、旧ナムコ(法人としては後のバンダイナムコエンターテインメント)よりアミューズメント部門および新規開発事業部門が独立してできた会社である。旧ナムコと社名は同じだが、法人の連続性としては別法人となっている。
なお「ナムコ」「namco」ブランドは、以上の改編後のバンダイナムコゲームス → バンダイナムコエンターテインメントにおいても引き続きゲーム類のブランドとして、2014年のブランド統合まで使われていた。


何だかよくわからない会社になっているようです・・・。

気になるアレの話


今日は日本のみならず、
世界中のみんなが気になって夜も眠れないアレの話。


そう。
ガレー船の話です。

ガレー船(ガレーせん、英語: galley, ポルトガル語: galé)は、主として人力で櫂(かい、オール)を漕いで進む軍艦。古代に出現し、地形が複雑で風向きの安定しない地中海やバルト海では19世紀初頭まで使用された。正確にはガレーであり、この語だけで船であることも意味しているが、この語が一般的でない日本では「船」を付して呼ばれることが多い。


風がなくとも人力で進むことができ、入り組んだ地形でも細やかに旋回出来るなど
地中海に適しており、15世紀頃、近世ヴェネツィアの繁栄を築いたのもガレー船によるところが大きい。

ガレー船、ガレー船と言ったり、書いたりしているけど
歴史絵図やせいぜい模型でお目にかかる程度で、
現物が存在するとしたらどんな感じになるんだろう?

ガレー船の復元なんて存在するのだろうか?

と思って検索してみたところ・・・

あるんですね。ガレー船の復元が。
ガレー船みたいなもん復元して何の意味があるんだって(笑)



残念ながら近世のものではないが、古代ギリシアの三段櫂船”オリンピアス号”。
どこの道楽者がこんな復元を・・・と思ったら、ギリシア海軍の保有らしい。

実寸大で海上を走るガレー船は、何かの虫みたいで少々気持ち悪い。

復元した”オリンピアス号”ではみんな和気藹々と漕いでいるけど
ガレー船の漕ぎ手って超肉体労働で大変だったのではないかと誰もが想像するだろう。

ガレー船最大の問題が確かにその漕ぎ手だった。

当初、ガレー船の漕ぎ手は港湾労働者の中では高給で人気のある職業だったらしい。
自分の商品を持ち込んで、寄港地で交易することも許された。

このように初期は自由な市民が漕ぎ手を務めていたのだけど
やがて志望者が減り出して、漕ぎ手が不足するようになると奴隷を使い始めた。

キリスト教圏ではイスラム教徒の奴隷を、
イスラム教圏ではキリスト教徒の奴隷をガレー船の漕ぎ手として使った。

さらにはガレー船徒刑なるものがあって
その受刑者がガレー船の漕ぎ手とされた。

515D16W6HXL.jpg

”ガレー船送り”という刑罰の恐ろしさは、オールを漕ぐという肉体的苦痛に限らない。
ガレー船はしばしば海戦を行うことになり、その戦闘による死の危険もきわめて高い。

突如として海戦に巻き込まれ、
足を鎖に繋がれて逃げようがないところに
敵船から大砲の一撃を食らいでもしたら・・・。


鉄ヲタの日


「鉄道の日」前後に開催、注目のイベントは? 鉄道ライター4人に聞いてみた

新橋~横浜間で1872年10月14日に鉄道が開業したことを受け、毎年10月14日を「鉄道の日」と定め、各地で記念行事などを開催している。この「鉄道の日」に合わせ、全国の鉄道事業者も10月以降、車両基地の一般公開や特別列車の運行など趣向を凝らしたイベントを開催するケースが多い。毎年欠かさず参加している、お気に入りのイベントがあるという鉄道ファンもいるかもしれない。


きたる10月14日は「鉄道の日」とされているらしい。

僕は”鉄ヲタ”ではないから知らなかったけど、
全国の鉄ヲタにとっては祝祭の日なんでしょうね。

鉄ヲタと言えば、”ロッキー”のことを真っ先に思い浮かべてしまう。

ロッキーというのは僕が小学生の頃に通っていたそろばん塾の友人だった。

あだ名はご想像のとおり、轟木からのロッキー。
隣の校区から通ってきていた男の子で、僕より一学年上だったけど
入塾したのが同じ時期だったことから自然と仲が良くなった。

ロッキーというあだ名からは想像出来ないだろうけど
東南アジアの土産物人形みたいな風貌で、
まだ小学校の高学年のくせに「~じゃよ」「そうじゃ」などと
老賢者のような口のきき方をするとても温和な性格の子だった。

その頃、僕も周囲の影響で”鉄ヲタ”(当時はまだこんな言葉なかったけど)になりかけた頃で
Nゲージを買ったり、鉄道に関する知識も多少あったから
そろばん塾の待合室で何の気なしにロッキーに鉄道の話をしたら
いつになくロッキーが興奮して食いついてきた。

ロッキーが鉄ヲタだということをこの時初めて知った。
しかも小学5年にして既にかなりの鉄道マニアだった。

こんなすぐ傍に鉄道に興味のある人間がいたと知って
老賢者のような彼も狂喜せんばかりの興奮状態だった。

それからというもの待合室では鉄道バトルを繰り広げる日々が続いた。

互いに答えらえないような問題を投げ合う鉄道ものしりクイズ合戦・・・
どちらが実際の鉄道音に近いか判定する基準もない鉄道口真似バトル・・・

自分も負けじと年上のロッキーに対抗していたが
徐々にロッキーの鉄ヲタとしての本領が発揮されていった。

ロッキーの家にNゲージを見に行ったことがあった。



部屋に入ると既にNゲージの線路が広げてあって
電車を走らせ始めると鉄道を見やすいように寝そべったロッキーは完全に一人の世界に入り込んでしまい、
もう僕なんかその場にいないかのように車掌となって独り言を語り出す様子を見て
本物の鉄ヲタには到底敵わないことを薄々感じ始めた。

さらに決定的になったのが
そろばん塾が終わったあと、ロッキーに誘われて一緒に電車を見に行った時。

自転車で近鉄電車の踏切まで行って往来する電車を待った。
ようやく一本目の電車がやってきて、踏切を過ぎて駅へと滑り込んでいった。

少し待っていると、今度は駅に停車していた電車がゆっくりと動き出し、
踏切をガタンガタンと踏み鳴らしながら通過してゆく。

さらに数分待っていると次の電車が見えて
踏切を通過して駅へと・・・。

10分ぐらい待ってようやく1本の電車。
おおよそ30分の間に3本の電車。
しかも全部同じタイプの電車。

・・・もう飽きてきた。

「そろそろ帰らへん?」

そう言ってロッキーのほうを振り向いた時、
ロッキーの目には涙が・・・。

「なんで泣いてんねん!(笑)」

どこに泣ける理由があったのか僕には皆目理解出来なかった。
しかも毎日ここに電車見に来ていてながら・・・。

この時、僕は付け焼刃のまがい物程度の自分では
本物の域には絶望的に及ばないことを思い知らされて、
次第に鉄道趣味から遠ざかっていった。

そろばんでもロッキーと一緒に順調に進級してゆくものの
珠算3級の検定試験に僕は受かったけどロッキーが落ちてしまい、
クラスが別になってから疎遠になっていった。
一足遅れで3級を合格してまもなく、ロッキーはそろばん塾を辞めてしまった。


10月14日にはどこかの鉄道イベントにて
あの日と同じように目に涙を浮かべて鉄道を見送るロッキーの姿が見られるかもしれない。

今でも生きていれば、の話だけど。


プロフィール

E

Author:E
数年勤めた会社を辞めて、某資格受験生活に入るも挫折したまま三十路をいくつか超えた無職。いい加減何とかしたいが、まだ何とかなると余裕があったりで、資格の勉強+ケータイ無しの直感のみでせどりする日々。あくまで、息抜き・趣味・リハビリとしてのセドリなので、売上はショボいです。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
検索フォーム
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる